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間接キスという可能性及び選択

「龍の騎士様から要注意人物認定された気分はどうだ?」


 庭園を歩きながらジーナは左側にいるヘイムから尋ねられた。


「次回から少しきつく当てられそうですね」


「今回からであろう。正面四階の窓を見ろ」


 見上げると龍の館の長い渡り廊下の窓が見える。


「見えたか? 監視役がいたぞ」


「いえいませんよ」


「隠れたのであろうな。女官かあるいはシオンかもしれん。妾らは見られておるぞ」


 その可能性は、あるなとジーナはさっきのことを思い出した。渋々あのことを認めその後の作業の指示も別段変わりはしなかったものの、その眼は疑いといった負の色をしていた。そして時間ギリギリ一緒にいて外に出ることを途中まで見送ってもいた。


「見られていても仕方がありません。私はどのみちヘイム様に集中するしかないのですから」


 ヘイムは咳込みながら笑う。何がおかしいのだろうか。


「まぁ、そなたがな、おかしなことをしなければ別になんということでもない。そうであろう」


「あなたもおかしなことをしているとは思うのですけど。あの上掛けのこととか」


「あれは妾の本意ではなく、そなたの流儀に付き合ってやっただけだ。そうでなければあのような龍の証をそんなことに使うはずも無かろうに。いいか? そなたが変なことをしない限り、妾は変なことをするはずがない。よってよくよく自分の行動を考えるようにせよ」


 言葉の中身はともかくジーナはヘイムが今日は前回より軽快に歩いていることが分かった。自分の慣れもあるだろうがそれ以上にヘイムの方の動きが大きく違っていた。


「あの、何か良いことでもありましたか?」


「良いこと? あのようなことがあってシオンがイライラしているのによくそんな皮肉なことが言えるのだな」


「いえ、それというのもヘイム様の歩調がこの前よりもお早いので」


 そうなのか? といった顔をした後ヘイムは自分の脚を見て、それから言った。


「ああーそれはな、そうだな、言い難いが前回はそなたが不慣れであろうからゆっくりめで歩いてやったわけだ。分かるな? そなたが途中で転んだり階段から落ちたりしたら、妾もつられて転んで落ちたりするからああしたわけで、実際の歩調はこれであるぞ。妾は親切であるからそうしてやったのだ」


 説明に対してどこか腑に落ちぬものを感じるものの、階段の件は歩調のズレから生まれたものであることを思い出すと。


「疑うのか? ならあの階段はどう説明する? あれはそなたのズレから生まれたものであったろうに」


 心を読んで来たというかやはりそこだよなとジーナは反論せずに頷くもそこでまた疑問を思い出した。


「そういえばシオン様には階段の件はお話されていないのですか?」


「言えるわけないであろう。言ったらそなたがどうなるかと……あっ言い間違えた、言い間違えただけだぞ。そなたと落ちた話なんかしてみろ、妾は外出禁止間違いなしであるのに何故話すと思った? 妾だってそなたとは外を歩きたくはないが、誰かと一緒に外に歩かなくてはならぬ。妾はな、こう可哀想なのだぞ。こんなのとしか歩けないのなんて、そう思わぬか?」


 ジーナはいまの言葉を聞いている最中に、不快感や嫌悪感がどこからも湧いては来なかった。それはきっともっと本質なところにあり自らに深く根差した心がこのような罵声など効かなくさせているのだろうと。


 自分もまたこのものをいつの日にかは……


「同感です。あなたは哀れであります」


 彼としては彼女の言葉をそのまま返したというのにヘイムの手からは強張りと緊張が感じられた。だから表情など見ずに歩くことができる。


「そのような身体となったために、この私などに手を取られないと外に出て自由になれないとは、哀れ以外に現す言葉がありません」


 言い過ぎだともジーナは思うものの口が開いて行くにつれて心のどこかかが開かれていく快感すらあった。


 自分は何かを解放している。報復という覚悟によってそれを受け止めている。だから掌は強く握られ怒りがあることを感じた。だが、それでいい。


「冗談の売り言葉に買い言葉とはいえこれ以上に無い失言であるな。そなたはクビにされて合わせ技で懲役刑でも喰らいたいのか? うん?」


 ようやくジーナはヘイムを見るが、そこには歪んだ闇が見えず散りばめられた光に包まれたヘイムがおり、ジーナは美しいと感じた。


「哀れだと? どこがだ? 幸福そのものだろうに。どうだ? いまの妾は哀れなものに見えるのか?」


 見えるはずもなくなおも光が増殖していくように様々な色の輝きすら見え始めていく。


「それは龍身となったこと。そういうことでしょうか」


「……言うまでもなくそうだ。まぁそなたには何も見えてはおらん。何もわからん哀しき存在だ。哀れだというのは繰り返すようにそなたというものと歩かねばならんということ、それだけのことだ。妾は十分に満ち満ちておる」


「そうですか。私には龍の光なんてものは見えませんが、いまのあなたは光に溢れていますよ」


 逸らし気味であったヘイムの右眼はここでジーナの視線と合い光が増殖していく。ヘイムと光が混じり合いどちらが主体であるのか不明となっていく中でジーナは自然に心に湧いた言葉が口から声となって出、解放される。


「とてもきれいです」


 そう言うとヘイムは鼻で笑い瞼を閉じ軽く笑い咳込み、呼吸を整えるために息を吸う、とても長く呼吸をした。


「ご機嫌取りをしおって」


 不機嫌そうな低い声が聞こえる。


「そなたらしくもないようなことを言うて無理せんでいいぞ。これがつまりは龍身の威光だ。よう分かったな、いくぞ」


 速足気味となったヘイムはジーナを引っ張っていき例の場所へ、前回と同じ岩の前に立ちヘイムは手を引いて促す。


「はい到着。ではまた上着を掛けて、どうぞ」


「よしてください。今度という今度はシオン様が許してくれないでしょう」


 預かっていた大き目の敷布を岩の上に広げヘイムが座りジーナも続いた。


「おい。そなたごときが妾と同じ敷物の上に座るとは、どういう了見だ?」


 ヘイムが口元を歪め皮肉な眼つきをしながら言うもジーナは正面を向き庭の景色を見ていた。


「ここだけ違うのは変ですよ。私達は同じ道を歩いてきて同じ場所に座るのに、ここで格差をつけてどうするのです」


「うそぶきおって。妾とそなたが同じところにいるとでも思っておるのか」


「現にあなたの隣には私がいて、あなたの隣には私がいるではないですか」


「もういい黙れ。本当にこんな不敬者と一緒にいるということだけで罰であり、またこれに堪えられるというのは妾の徳があるということであるな。これも全てそなたが不信仰者であるからだ。ああ妾はなんと苦しい試練と戦っておるのだろうのぉ」


 だったらやめさせればいいのにとジーナは思いつつ受け流し、ぶつくさどうでもいいことを愚痴りながらヘイムは持参した小包を開いて中から小袋を取り出し、差し出した。


「ほれ食うがよい。そなたがあまりにも哀れな様子で欲しておったから、こうしてわざわざ持って来てやったぞ。感謝の言葉を言え」


 ジーナは受け取ったものが前回食べた焼き菓子であることが分かり嬉しさが込み上げてきた。こんな辛い仕事は何かもらわないと耐えられないし割に合わない。


「ありがとうございます。こういうものがあってこそ私もあなた様同様に罰に耐えられる次第であります」


「この減らず口の叩きようはどうだ。妾がこのことをバルツらに伝えたら即刻お役御免であるのだが……それを狙っているのだろうな」


 ヘイムはニヤリと笑いジーナは頷く。


「では私がヘイム様と一緒にいるのが心の底から嬉しいと言ったらどうでしょう」


「そなたはそのようなことは口が裂けても言わぬ、よって大嘘であり、認められんぞ。詐欺罪である。よって妾といることが最も効果的な罰であるということなら、こうしてクビにはせずに辛い目にあったままにしておく。どうだ参ったか」


「はい参っています。一日中あなたのことを考えて参ります。あなたも私といることで辛いのでしょうから、わざわざ同じ苦しみを背負うこともないのではないですか? 離れればもうそれで解消されるものであるのならそうすればいいものを。私がこの役目に就くまでは、お互いにそういう関係でいられたのですから」


「では、そうするか?」


 問いによって時が止まったと感じるも、違うとジーナは気づく。止まったのは自分の意識の方である、と。口を動かそうとしても動かせず恐らくは瞬きもしていないのだろう、見えるのはヘイムの顔であり動いているのは彼女の瞬き。


 時は流れており返事を待っている。動けとジーナは自らに念じる。はいと言うために、いいえとは言わずに、はいとだけ言うために。だが口は開かないまま、またひとつヘイムの瞬きを見る。ゆっくりと動いている。またひとつ閉じ開こうとしていくその間に、ジーナは謎の痛みを覚えながら言った。


「はい」

「駄目だ苦しめ」


 即座に言い放ったヘイムは焼き菓子を口に運びかじる。その乾き砕ける音を聞きながらジーナもまた諦め諸共にそれを口に運び噛むとあの味がしたが、前回のとは違う違和感がそこにあった。


「味が変わりましたね」

「不味くなったのか」


 ヘイムが不穏のある早口な小声を出すもジーナはそれに気付かない。


「旨くなった。いえ前回のも旨かったのですが、より良くなったようで」


「そなたは何を言うておる? 妾にはちと分からぬが」


 その声は跳ね上がる音を立てながら辺りを回りだすがかじるのに夢中なジーナはこれも気が付かない。


「材料を良くしたのか、それとも作り手の腕が上がったのか、旨いです。外で売っていないのが本当に残念になる」


 なんでここでしか食べられないのか? これもまたひとつの呪いなのではと思いつつジーナは横に目をやるとヘイムが俯き震えていた。


 これは、笑いを堪えているのか? とジーナは思うも、しかしどこに笑うところがあったのだろうか? 


「あの何かおかしいところでも?」


「いや、なに、そなたがな、あまりにも、褒めすぎているのがな、面白くて。随分とまぁ……」


 息を切らし半ば喘ぎ喘ぎ声を出しているが徐々に呼吸を整えて背筋を伸ばしだしている。


 この人は呼吸器にも障害があるのかなともジーナは考えた。


「ふぅ……それにしても西というのはこういったものが無いのであるか?この程度のものでそなたが感激しているのがおかしくて仕方がないぞ」


「ありますが一般的ではないですね。金のある層の人が食べるものでして。向うも含めて私も何度か似たようなものをいただきましたが、ここのが一番旨いものだと言えます」


 言うとジーナは左手の上になにかが乗せられたことに気付いた。見るとそこには小袋が一つ。中にはほとんど手つかずの焼き菓子が。


「哀れだな……そこまで貧しいとは。遠慮はいらんぞ食うが良い」


 目を逸らしながらヘイムが言うもジーナは納得がいかない。不審だ怪しい。


「そちらはまだ一つしか食べていないのに与えるだなんておかしすぎですよ。なにかを企んでいますね」


「おかしいのはそなたの考え方だ。ちなみに一つではない二つ食べた。これでもう十分であるし、そもそもな中央の貴婦人というものは人前ではあまり食わぬものだ。それとな貧しいものに施しを与えるのも妾という立場のものとしたら当然のことだ。よってそなたは男であり貧しいものであるのだから、あれこれつべこべ口ごたえせずに食べればいい」


 なぜこういつも棘のある言い方をされているというのに特に不愉快さを覚えないのだろうか? とジーナはそれはきっと自分の心が強いからだろうと思いそして信頼感を深めながら黙って食べた。


 岩の上に座って見る庭園は前回とは少しだけ違う風景となっていた。秋は一歩深まり緑は少しずつ失われつつあり枯れた色へと変わっていく。空気は湿度を下げ乾燥気味に。見上げれば空は雲が薄く広がり暗くなっていくそんな景色の中、遠くで鳥が囀り焼き菓子の咀嚼音がそこにあった。


 ジーナはもとよりヘイムも同じものを見、同じ音を聞いている。その同じ場所から……


「おい茶筒を持って来たが、そなたが呑め」


「べっ? いや、ぞんな」


「声がおかしいぞ。口の中の水分をかなり失っているだろうに。この欲張りめ。お前が焼き菓子をいくつ食べたか数えているか? 妾は数えておったぞ七枚だ七枚。貪り喰ってからに。しかも水すら飲まずに浅ましいったらありゃせんわ」


 水というものを忘れていたために一心不乱に食べ続けていたジーナはここでようやく茶という存在を知りそして喉の渇きも思い出した。


 筒のふたを貰い茶を受けそれから呑むと喉に気持ち良さが通っていく。ぬるい爽快感がそこにあった。


「これもまた旨いですね」


「そなたは感激して褒めてばかりだな。いつもと全然違うぞ。不味いとか言っていいぞ」


「ただ正直にしているだけです。他の人と違ってヘイム様の前で良いところを見せても良いことがないでしょうし。なにより無意味ですし」


 また鼻で笑いながらヘイムは空のふたに新たに茶を注ぎ足した。しかし何だろうこの光景は。


「ありがとうございます。それにしても傍から見たらとんでもない光景でしょうね。私だけお菓子を喰らい茶を飲みしかも注いでくれるのは……私はどんだけ偉い人なんだか」


「不敬な無信仰者に過ぎないものであろう。シオンやバルツらが見たら激怒するが、妾はそなたが身も心もなにより頭がかなり哀れであることを誰よりも知っておるから、これを許してやる。そこを責めるのは可哀想だからな」


「そうですよ龍の護衛という役目に就いた哀れなものです。こうは言いますけど、今はいい気分ですよ」


 言いながらジーナが二杯目を呑み膝の上に手を戻す数秒間にヘイムは口を利かなかった。


「それは食って飲めるからであろう。現金な奴だ」


 返事のタイミングがおかしい? なんてジーナは思わずふとヘイムの手から茶筒をとりその代わりにふたを渡した。


「はい、食って飲まなければこんなことはやっていられません。それで私は十分に呑んで喉の渇きは癒えましたので、今度はそちらがどうぞです」


 するとヘイムの眼は大きく開かれジーナの手の茶筒と自分の手のふたを交互に忙しく見比べるように目玉を動かし、引きつった声を出した。


「茶を? これで?」


「それ以外になにかあるんですか?」


 引っ込められた茶筒のふたは所在なく宙に留まる茶筒との間に奇妙な距離感をだし、それは同時に意識の距離感とも言えた。


 ヘイムは右手でふたを持ったまま動かず、ジッとそれを見つめる。

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