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第二隊を突入させよ

 そうはいえ『最後の手段』の段に及んでは顔をしかめ心が締め付けられた。


 いつも心の片隅にあり、いつかはそこを、考えなければならない時が来るのだ、と自分に言い聞かせてきたが、その可能性について検討するべき今日に及んでは、足が竦み口が開くことに難儀した。


 あなたがいてくれて良かった。もう一度ルーゲンに対してバルツは思った。軍師たちの様子からも彼らはこの任に到底堪えられそうもない。


 ただ一人だけこの恐ろしくおぞましい最後の試練の相談ができる。しかもそれは龍を信仰する教団の高僧であり、これは救いだと。


「バルツ将軍、あなたの御苦しみは僕には分かります。いくらあれが偽龍だと幾度となく自らに言い聞かせ論理構築させても、そんなものは所詮は脆弱な基盤の上に建てた小さな小屋みたいなものです。ほんの少しの揺れで脆くも破綻してしまう。そういうものであるのは仕方がないのです。勿論我々の龍こそが本物であることには何の疑いも抱く必要はありません。龍身様は正真正銘の龍となるものです。しかしあちらの偽龍はこの間までの本物の龍でありました。現に龍となっております。同時に二頭の龍が両立したという事態。こんな異常事態に対して頭ではうまく整理できず理解や解釈に悩むのは当然です。悩むに値すべきことでしょう。龍身様もまた深く悩まれている。このお手紙からくる苦渋に満ちた御指示など胸に迫るものがございます。いま龍身様はお考えでしょう、果たして中央の龍が降伏したとしたらその身をどうすればいいのだろう、と」


 世界に二頭の龍がいる、これはどうすればいいのだ? バルツの頭がまた締め付けられる。


 いや、今の世界状況がそうでありそれを是正することが我々の戦いであるのだ、とバルツは冷静にいつもの論理で問題を整理するが、その是正というものは、いったいなんだ? と今更というよりかは目を逸らし延々と先伸ばししてきたことが、ここに現れたということに過ぎなかった。


 是正とは……つまりはその……あの龍を


「バルツ将軍は皇太子のことはご存じでしょうか」


 ルーゲンの問いに反応すると急に頭痛が消えてなくなった。そうだ、この問題を考えると必ず頭が痛くなる、だから出来る限り考えたくは無いのだ。


「中央の龍のことだな。お会いしたことはなかったがマイラ卿やシオン殿から何度かお話を聞かせて貰った。随分とまぁ激しい男であったようだな」


「生まれついての王といったところでしょうね。友達兼世話役のマイラ卿は中々苦労なさったと聞きますが元気のある御方だったようで、僕も二度近くでお見えになられたことがありましたが、一目見て分かりました。その誇り高さがです。自らの血の絶対性に微塵たりとも疑いのないオーラを漂わせておりました。次のことは他の方々にも聞けば絶対に同意してくれるでしょうが、あのような御方が今まで意識の外の存在であった、皇位継承権末席であるこちらの龍身様に降伏しその庇護下で生き残ろうとするなど、僕は有り得ないと確信しております」


 そうか、と表情に出さないように努めているもののその安堵感は隠しきれぬほどバルツの体内から発せられた。


 しかしそれも束の間、そちらの線が消えたということはつまりは……


「確実に起こり得ることを想定してこの件は当たるべきです。情や信仰に基づいた希望的願望によって計画を立ててはなりません。バルツ将軍、お辛いでしょう。あなたのような篤信家がこの任に当たられることを」


 いつのまにかバルツの隣に座っていたルーゲンはその手を握った。バルツはその力強さと熱さに驚いた。


 この涼しい顔の男のどこにこんな力と炎を秘めているのかと。しかもこのような状況下でそれを放つとは。どのような精神構造をしているのだとバルツは尊敬と恐怖を同時に抱いた。


「ですが、僕がいます。共にこの最大難所を乗り越えましょう。我々にはできるのです。共に龍をこれ以上に無く、信仰しているのですから」


 目頭が自然と熱くなりバルツは自分は泣くのだなと分かると頬に熱いものが走り、思う、この人がいてくれて良かったと、その八度目を。


「まず突入する一隊を選びましょう。ここを決定しないことには何も始まりません。この最後の最前線に投入する隊とは」


 そこが胸底の心のある場所なのかバルツの身体に鋭い痛みが走る。この最も罪深い行いを任せる隊とはいったどれに。


「どの隊であろうと、僕は付き添いで同行いたします。反論は不可能です。龍身様の御指示を完璧に遂行するには僕がいなければなりません」


「あなたにはその覚悟が……」


 呆けた声が出た後にルーゲンは平素と変わらぬ声を出した。


「あるからこそ、僕はここに留まったのです。その導きはこの僕が、僕でなければならない。それが自らに架せられた使命と受け止めて、それこそが自らがこの世に生まれた理由だとして」


 語るルーゲンの神々しささえ感じる表情に差す微かな陰影にバルツはジーナを連想した。


 一体どこにこの二人が重なる部分があるのかと思いながらもまず頭の中にそれが浮かび固定され、だから口からその心が漏れ出た。


「……ジーナ」


「そうです龍の間に突入するのはジーナ君が率いる第二隊、これしかありません」

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