アルのルーゲンへの印象
誰が誰なんだとジーナは混乱するもブリアンは独り言のように補足を入れる。
「ほらあいつってのは俺が罪人となった原因だよ。聞いたことあるだろ? あの街で人を操っていた極悪人だ」
どのような力があったのか不明であるがブリアンの罪である殺人はその街の有力者殺しによるものであった。
ブリアンの言い分によればその男は街中のものを操り自分の王国を作り、知り合いのキルシュの家族をも毒牙にかけていたために、夜間に襲撃しその男を討ったのであったのだが、その力に対して証拠不十分であったためにブリアンは牢に繋がれ、代わりにキルシュという存在と結ばれた。
「洗脳というやつだっけな。そのルーゲン師はいったい誰をそうしようとしているんだ?」
反射的にこちらを見ようとするもブリアンは目を細めたまま逸らし続ける。
「語るに落ちるとはこのことか。あんただよ隊長、あんたが最も影響を受け、意のままに操られそうになっている」
「馬鹿を言うな。そんなことは有り得ない。この私が誰かから指示を受けて行動なんて」
「あの街のみんなもそう言っていた。我々は自分の意志で従っているんだと俺に言ってきたな」
「いい加減にしろ。お前が何を言おうがルーゲン師が望むのなら先頭に立って歩いて戴く。その後ろを歩け……もしかしてお前は前線に立てないからルーゲン師を中傷するんじゃないのか?」
いつになくジーナは自分の頭が熱くなっているのを感じ、激した口調でそう告げると、空気すらも沸騰したように熱くなった。
正面を向いたブリアンの顔と身体が炎に見え、その炎の中から手が伸びるも手前で止まる。
胸倉を掴もうとするも空を掴んでいるだけ。震えながら、それでも堪えながらその炎は人の顔となり、歪ませながら訴える。
「あんたには見損なったぜ。まさかその程度の男だとはな」
「私もお前がそんなことを言う男だとは思わなかったな」
睨み合い、それからブリアンが背を向け速足で遠ざかっていく。それを見ながらジーナの頭は覚めだし同時に背筋も冷える。もしこのままブリアンが除隊をしてしまったらどうするのかと心配になりだした。
隊の動きから編成までブリアンはもう一つの柱としているという前提で計画してきたのに、このまま去ってしまったら……そうは頭の中では思うもののジーナは動き出すことができずにそのまま背中を見送っていく。
せめて軍に留まってくれることを願いながら。
「言い方は悪いし説得にもなっていませんけど、彼は隊長のことを思って言ってくれたのですよ」
焚火に木の枝を投げ入れたノイスが深刻さなど微塵にも感じさせないようにそう言った。
そういえばこいつは案外に楽天的で深刻そうになっているところをあまり見たことが無いな、と。
重婚するのだから相当に神経が図太いかもしくは無神経かと。二人の女の間を横断して平気な恐ろしい男だとジーナはそう思っていた。
「彼が辞めるとか心配されているでしょうが大丈夫です。苛々して酒を呑んでもう横になっていますが辞める様子はありません。キルシュがいる限り辞めるはずも脱走することもないでしょう。ただしばらくはジーナ隊長を無視するでしょうが、まぁそのうち元には戻りますよ。しかしジーナ隊長がそんな売り言葉に買い言葉に乗るなんて珍しいですね。相当頭に来たようで」
いま冷静になってみるとあんな憶測の憶測で言った言葉なんて適当にあしらっておけばそれで良かったはずなのに、そうできなかったのが不思議でしょうがないとジーナは思った。
一つ後ろに下げられた隊員が嫉妬混じりに怒った……それだけであるのに、そんなのは分かっているのに、あの言葉に頭に来て。
「そういう日だったんでしょ。虫の居所が悪い日。蒸し返すようであれですが、僕はブリアンが的外れなことを言っているようには思えないんですよね。まぁ半分から三分の一ぐらいは彼の言い分は同感しますよ。僕は彼のことが嫌いですが、そこは認めます」
ブリアンとは馬が合わずろくに口を利かないアルが同意したことにジーナはもとよりノイスも固まった。
まるでそれが世界の真実を語るものを前にした時のような面持ちで。
「あの人は、なにかを企んでいますよ」




