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誰か一人を選ばなければならない

 不安な表情を浮かべたキルシュを見た途端にジーナのそのあまりにも透き通りすぎていたその心に濁りがかかり影が差し、やがて音が鳴り、息を吐くために咳込んだ。


「ゴホッすまない。ちょっと野次馬根性が出てしまって」


「へぇこの超俗的なジーナ隊長にもそういうところがあるなんて新鮮さ。まぁあれか元勤め先の話だから気になるだろうけど、隊長には関係ない話だよね」


「そうだな、私にはまるで無関係な話だ、誰が龍の婿になろうともな」


 言葉にも棘があるのか語れば語るほどに口から出れば出るほどに痛みと血の感覚をジーナは味わっていた。


「誰だかは言えないけど龍身様のお婿候補。まっご存じのように御当人はそういう話に全然興味が無くってね。だから困っているんだよ」


 ヘイム様がそういう話に興味が無い? そんな馬鹿なとジーナは掌が熱くなるのを感じた


「……意外だな」


「何が意外なんだい? 隊長はあの御方の回りに男の影がいたなんて話を聞いたことでもあるとでも? いるとしたら教師のルーゲン師や親戚のマイラ卿にバルツ将軍とお馴染みのメンバーばかりじゃないか。けどまぁあの御方も生まれつきそういうタイプじゃなかったんだよ。むしろ逆に近いタイプでさ。変わったのは龍身様になられたからで、その使命を真摯に担っているから、まぁ恋愛なんざ全然興味がなくなってもあたり前なんだけどさ。そうなると誰を選んでいいのか、本気で分からなくなるから因果なものさ。龍身様から見たら人なんざどれも大して変わらないからね」


「でも結局は誰か一人を選ばなくてはならない」


「それはそうさ。中央帰還後は婚姻発表が平和の宣言として最適だからね」


 前に進めば進むほど、敵と戦えば戦うほど、龍を討てば討つほどに、その時が近づいてくる。その二つの意味での約束の時が……


 そう考えるとジーナは変な笑い声が出た。自嘲的でもない、虚無的な声が。


「ハイネが頑張って説明しても芳しくない反応のヘイム様が目に浮かぶよ」


「そうそうそうなんだよ隊長。ハイネは候補者を、まずこれ以上に無いものたちを並べても龍身様はお気に召さないんだってさ。別にハイネは愚痴なんて言わないけど、様子でそう言っているようにあたしには見えるんだ。間違いなくハイネはトップクラスの候補者の名前をあげているというのに……何が足りないんだろう」


 俯き考え込むキルシュを見下ろしながらジーナは逆に頭を傾げた。どうしてそこまで悩むのだろうかと。


「そこは強さとか戦功とかではないのか? 龍の御軍の中に候補者はいるとして、こうして誰だと決めないでおけば誰もが力の限り戦い戦勲をあげる。その累計が一番のものを選ぼうとしているのなら……中央陥落まで決定しないでもいいよな」


 キルシュの鼻で笑う音が聞こえるも、それはどこか心地良いものだとジーナは感じた。


「どうしようもないうぐらい単純思考丸出しだね。トーナメント大会で優勝したらお姫さんと結婚という話が理想的とでも?」


「だけども真っ直ぐで分かりやすくかつ、公平だ。戦士達は龍のために戦い命を賭けているのだからな。それに龍にとっては人間はどれも同じであるのならそうしたほうが分かりやすはずだ。もしかして龍も人の貴賤をとやかく言うそんな存在だというのか?」


 嘲りの響きがあったのかキルシュはむきになって応えた。


「龍は、そんな存在じゃないよ。より自分に相応しいものしか絶対に選ばないし、人の心を読んだ上でお選びになるんだ……けどもまぁ、それは正しいのだけど、ほら龍身様の婿だからさ政務を共に執られるのだから、元々の社会的な地位が高くないとその先に支障が出るじゃん。だから候補者は上流階級を対象にしていてね」


「だとするとルーゲン師は候補者かもしれないということか」


 考えもなしにジーナがそう言うとキルシュの目玉が左右に瞬間揺れるもすぐさま真ん中に腰を据え、もう動かさなかった。

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