彼女に気を遣ってちょうだい
おかしな沈黙が二人の間を通り過ぎジーナは何も言えずにいた。
ハイネが手紙を書いた、つまりそれはいまここに?
思いながら瞬きをすると何かが通じたのかキルシュも瞬きで返し、そちらが口を開いた。途中までの会話が完了済みのように。
「読みたい?」
「だって私宛のものだろ?」
「預かり持っているのはこのあたしだよ。渡すのも渡さないのもあたしの自由」
「そんな自由は、ない」
「受取人がこの手紙に相応しくないと判断したらこのまま預かりっぱなしでもいいとハイネが言っていた気がするんだけどなぁ」
そんなこと言うはずがないと思いつつキルシュを見ると期待に満ちた目をしている気がした。この目は何かを言ってもらいたいときの眼だと。
「なんか隊長ってハイネに冷酷だから別に手紙を読みたがらないし正直どうでもいいよね。今度帰ったら本人に返すよ。隊長は手紙を読みませんでしたって」
「……読みたい」
キルシュの眼が笑い光るが、口元は緩まない。
「そんな、無理しなくていいよ。それは義務的にそう言っただけであって本心じゃないよね? 忙しいのは分かっているから、返すよ」
「いやいや返したらあっちが拗れて、後日会った時にめんどうなことになりそうだし」
「そういう保身的な態度で仕方なく読みたいだなんて増々渡す気になれないね。あれだよね、もうハイネと関係が無くなったとなれば手紙とか読まなくていいとか思ってるよね、きっとそうさ」
こんな最悪な郵便人がかつていただろうか? どこまでも悪い方に捉えて引きのばす癖に、結局渡したいという意思がありありな態度……その粘りにジーナは屈服した
「分かったどうすれば渡して貰える」
「ええぇ? 取引しようというの? あたしそんなつもり全然無かったんだけど隊長がどうしてもというのなら仕方がないから応じるよはい応じると約束しましたこれでそれは無理とか言ったら手紙は絶対に渡さないから決定ね」
早口に圧倒されるなかキルシュは鞄から手紙を取り出し素早くジーナに差し出した。
「取引をするのなら返信はハイネに気遣ってもらいたいんだ」
「気遣いとは、なんだ?」
「隊長的にそれは良い質問だね。えらいえらい。要するにあの子に配慮というか労りというか優しさというか、そういう温かい人間味のある感情を文章に現して欲しいんだ」
「そんな簡単はことをか? それなら普段でも私は」
「そんな簡単なことができていないから要求しているんだよ、いい加減にしてもらいたいさこの御仁。普段があれなら次のはもう六割増しぐらいにして」
「多すぎじゃないのか? 手紙に書ききれなくなる」
「文章の長さのことを言っているんじゃなくて心だよ心。少なすぎるの。態度や言葉で表せないならせめて文章でやって。できるよね、隊長」
できない、とジーナはまず頭の中で思うもののキルシュの真剣な眼差しに瞼を閉じ、考える。優しく、か。頭の中で何かがぶつかる音がした。
それは扉が止め具みたいなものに当たる不快な音に聞こえ、考えるたびに音が鳴り、閉まらない扉がイメージされた。
閉じない、だが同時に完全に開きもしない、閉じず開かず、その止め具とはなにであるのか? そしてもしも閉じたり開いたりするとしたら……
「分かった。可能な限り、気を遣って書くことにする」
答えるとキルシュの表情が崩れ笑顔となった。
「さすが隊長だね。期待しているよ、じゃあ読もうか」
と手紙を開いて手渡した。読むとは、ここで?




