ハイネは喜んでいる模様
あっさりと返されたどころか意味不明なことも言われたためにジーナは水面へ一気に浮上した。
「えっ? そこ?」
「ああああ、なんでもない忘れて、はい忘れた。そうだハイネと言えばあれだよあれ、なんだと思う?」
「何を言っているのかよく分からない。あれとはなんだ?」
「とぼけちゃってからにこの、極悪。あたしが知らないとでも思っているの? ちゃんとネタは上がってんだよ。あれだよあれ、手紙。ハイネ宛の手紙だよ旦那さん」
「誰が旦那だ誰が。読んだってあれは先週の便でタイミングが合わないような」
「到着したその日に読んでそれから出発したんだよ。それはもう大忙しさ、あんたさんのせいでさ」
「なんで私のせいなんだ? どこも私と接点がある話に見えないが」
ジーナがごく自然にそう言うとキルシュの表情は不自然なほど縦の伸び眼は見弾かれ顎は外れそうになっていた。
それを見ているジーナの肩に突然渾身の掌底が入ったが、大して揺れなかったが、キルシュは泣き声を出した。
「なんでそんなこと言うんだい、酷い、嫁に言いつけるよ! あんたの旦那はあたしという親友を侮辱したってさ」
「嫁って誰だよ……侮辱もなにもなんの話か私にはさっぱりとわからない」
「叩いたつもりだったのに全然動じないし逆にあたしの掌の方が痛いし、暴力では男に敵わないな。ほんと男は言わなきゃ分からないからしょうがないね」
「今の話は女が聞いても分から無いと思うが」
ブツブツ文句を言いながらキルシュは自分の分の果物をジーナに与えてから首を一回りさせてから気合いなのか息を強く吹いてから、振り向いた。
「あの手紙、ハイネは超喜んでたからね」
「なんで私の手紙で喜んでいるんだ?」
「極悪……」
「えっ? またなんて?」
「ううんなんでもないよ。そう、喜んでた。あの子はあたしの出発の準備をしてくれていたんだけど、折悪しいタイミングで手紙が届いてね。ハイネは普段なら準備が済み終わってから手紙の確認をするんだけど、その時は第六感でも働いたのかね、すぐさま手紙箱から封筒を取り出すと、そのまま完全停止状態さ。あんまりにも動かないからあたしは訃報とかと思って声を掛けたらね……どうしたと思った?」
「うん? 感動していた、とか?」
「どうしてそう思うんだい?」
「いや、話の流れからしてそれ以外とは思えなくて。まさか泣いてなんかいやしないよな?」
問いに対してキルシュは急に真顔に戻り数秒の沈黙で以って答えた、つもりなのかジーナの追求が来る直前に話を進めた。
「ハイネがこれ、これ、というから見たら隊長の名前と字でさ、あたしはああとうとう遺書が届いてしまったのかと少し覚悟を決めてから読みはじめたらさ、あんたなんだよあの内容は、ルーゲン師とお酒呑んでグダグダ話をした、ことを手紙に書いて面白いとでも思ってるのかい? あれ酔っ払いながら書いただろ?うん面白かったよ」
当たり前な感想に申し訳なさを感じジーナはとりあえず頭を下げた。
「ルーゲン師の提案でその場の勢いで書き出してしまってな。あの手紙を書いた後もひと話しがあってルーゲン師が酩酊寸前になって意味不明なことを話しだして、慌てて店を出て帰ることにしたんだが、師が僕は酔っていないと繰り返し言って手間がかかって仕方がなかったよ」
「酔っ払いって必ずそう言うからね。まぁ第一通はそんな勢いとノリでもいいえけどさ二通目はもうちょっと、こう、ハイネのことを考えながら書いてあげなよ。そうしたらもっと喜ぶよ」
「とはいえハイネを喜ばしても」
「隊長って普段優しいのに突然冷酷になるってどういうことなんだろうね。人格でも入れ替わっちゃうの?」
確かに、とジーナはキルシュの心配そうな顔を見てそう思った。
そうキルシュはハイネとは違ってごく普通の感性を持っているはずでありその言葉を信じていたために自らに対して首を捻った。
扉に留め具がありそれが引っ掛っているために扉が閉まらず開かずの中途半端な状態であるかのように……
「まっここで話を戻すけどさ、ハイネと手紙を読み出して感想を言いあってそれからあの子が何をしたと思う? すぐさま手紙を書き出したんだよ、手紙。男に対してすぐに返事を出すんじゃないと言ったら、あれはそういう尋常な感性の男じゃないの、って言われてさ。時間が無いのにもっと時間が無くなって本当に大変だったんだよ。隊長のせいだよ隊長のあのタイミングで手紙を出したせいで準備がハチャメチャになってさ。呼び出しの催促の声が来るわハイネは手紙に夢中だわあたしはわめきながら荷物を詰め込むわで日常生活における阿鼻叫喚だったよ。どう? 想像できる?」
「想像したくはないが大変だったな。でも私のせいとは思えないから謝らないが……手紙?」
呟くとキルシュは勝ち誇った顔でジーナをニヤニヤ見始めた。




