極悪非道女殺死
北上する龍の護軍はとある地点で足を止める。そこには看板があり中央の言葉が書いてある。
字が読めるものはもちろん、読めぬものもその意味を誰もが分かっていた。だから行進の列の真ん中が開き馬に乗るバルツが一番前に到着する。
それが意味することがなにであるのか、どうして将軍がここに来るのか、誰もがその姿に固唾を呑んで見守るなかで、バルツは馬の足を止め、振り返り一同に向かって叫んだ。
「諸君! 我々はこれから中央に進出する! 決戦に向かう!次にこの地点をまたぐ時は帰郷の時、それのみだけだ、進め!」
演説による昂りをその胸に宿しながら最前列の兵がその一線を超える。北上し続ける龍の護軍がついに中央入りを果たしはじめた。
長きに渡る孤軍奮闘が積み重なった損害の多い東西のムネとオシリーの両軍ら再編成が完了してから合流という事が決定され、先遣隊としてのバルツによる護軍が中央入り一番乗りを達成した。
「そういえば俺は中央に入るのは生まれて初めてだな」
報告後の雑談でバルツは思い出したかのようにそう言った。
「去年の今頃はまさか来年このように入れるだなんて想像すらしていなかった。あの頃は南下に南下を重ねてソグ撤退に夢中になっていたというのに、今はこうして北上からの北上によって中央の中心に進んでいるとはな」
半ば独り言なバルツの言葉に参謀一同は感慨深く頷いている中でルーゲンが微笑みながら尋ねた。
「これは運命ですよ。バルツ将軍が龍身様と出会ったことによりこの道が開かれ龍を先導する軍の指揮を執ることとなった。そして今回はしくじらないように来年の話をいたしましょう。バルツ将軍は来年の今頃はなにをなさっているでしょうね。鬼は笑うでしょうがお構いなく、どうぞ」
するとバルツは瞼を閉じ瞑目する姿勢となってから呟いた。
「……来年の俺は中央の線を跨いでシアフィルに帰り、その地で生活を再開する。俺らしくするのならばこれだ」
「それ以外は考えられませんね。さすればあなたは伝説となる。シアフィルの独立自治を龍と共になした史上初の英雄としてです」
「俺の生涯の悲願は故郷の独立自治を龍身様に保証してもらうことであったが、それがいまでは龍身様と新しい世界の秩序を築くための戦いに身を投じているとは、人の運命とは分からないものだな。だがまだ油断してはならん。最低でもあと一戦は敵と干戈を交え最後の雌雄を決しなければならないのだからな。負ければ今の話など全てがお笑い草として後世に語られてしまう。どうかみんな俺を完全無欠なピエロとせぬようフォローしてくれ」
バルツの冗談に参謀一同は笑い出した。それは快活とした笑いであり友と思えるものたちの声である。ただ一つを除いては。
「聞きかえすようだが、そのルーゲン師は来年の今頃はなにをなさっているとお思いかな? あなたのことですから既に予定を汲んでいるでしょう」
「御恥ずかしながらその通りです。僕は、ですね……僕は龍のお傍に侍りたいものです」
「それはいまでもそうでは?」
当然とも思えるバルツの問いに対してルーゲンは聞いていない様に一人恍惚に浸っているようにして言葉を繋いだ。
「もっとです。もっともっと傍に……誰よりも近くに」
先の三軍による戦い以後は大々的な戦闘は起こらず、龍の護軍の中央進出後は日々予定通りのスピードで中央の中心へと進軍していた。
あまりにも順調すぎる進み方に当初は楽観的に喜んでいた兵隊たちも次第に不安と不気味さに囚われだし、休憩時間中は確認するかのようにあちこちで噂の花を咲かせていた。
「斥候の話ではこの先で中央軍が待ち伏せをしていて俺達を呑み込もうとしているって聞いたぜ」
ブリアンがぼんやりしながらそう言うとノイスが否定した。
「それは嘘だ。待ち伏せどころか中央軍はもう降伏勧告を受け入れたとこっちは聞いたぞ」
「二人とも悲観論と楽観論が酷いですね。噂に尾鰭がつくととんでもないところにまで泳いで仕方がないってところで。中央軍は待ち伏せも降伏もしていません。ただ再編成のために中央に戻り次の一戦に備えているんでしょう」
「アルの言葉は推定だろ? 物事がそう合理的に思うように進むかどうか分かんねぇだろ。俺のは噂だが、納得できるものだ。ここまで無抵抗に進軍できるなんておかしいだろ。これぐらい考えて進んだ方が安全なんだよ」
隊員一同が目に見えぬ不安について激論を交わしている後ろでジーナは黙って食べていると横に誰かが座った、キルシュだ。
「お前か。こんなに無理して前線に帯同せずに中間地から後方に回っても良いのに」
「この間も隊長はあたしにそう言ったしブリアンもそう言っていたけど、さては、ほほぉん。あたしがいなくなったら男らしい悪さでもするつもりなのかね。駄目だよ隊長そんなことしちゃ。あたしはね前線の事務担当とは名ばかりの龍身様から御指名の監視員でもあるからさ。悪事は逐一報告しちゃうよ。特に第二隊は元罪人が多いんだから監視の眼は厳しいよ。こうして横でご飯食べちゃうぐらいに拘束が激しいってわけさ」
ジーナが息を吐くとキルシュも鼻で笑い出した。
「自分から監視員と話す監視員というのも面白いな。まぁ悪さと言えばうちの隊は軍律違反者が少ないからな。これは不思議ではなく考えてみるとそれはごく普通のことでな、罪を消すために志願しているのにわざわざ増やそうとなどはしない。それだったら素直に牢屋に入っている方が良いし脱走した方が良い。どこか遥か遠くにな。だが志願しいまも従軍しているからには元の社会に戻りたいからというある意味で前向きな隊員しか残らない。自分は戦いに生き残りこの先は幸せな人生を過ごす権利を持っている、と美しく純粋な願いを抱いている。だからかみんな罪人っぽさがあまり感じないぞ。お前の恋人も少しもそうには見えないからな」
キルシュは笑い声を出さなかったが代わりに表情は笑みを湛えながら頷いた。
「まぁねブリアンは捕えられた英雄だからさ。それに隊長も罪人にはなんか見えないよね」
陽気なキルシュの声がジーナの意識は深いところに沈めていき、海底から声があがった。
「……私はとても罪深い男だ」
「ハイネのことなら本当にそうだね。極悪。そこを客観視しているのならまだ人間味が残っているね」




