私は愛されない男
男は違うと否定しようとするもルーゲンのその瞳の奥を覗く形となり、震えた。
見たことのない闇がそこにありそれは戦場でも見たことのない黒さであり、似ているとしたらそれはあの小屋における闇の色に……しかし連想する前にジーナはルーゲンの手と手を重ねた。そんなことはないと。
「そんなことはありません。以前お話したように、あなたぐらい好意を持たれている男の人を私は知りません」
「そうですね。自分で言うのは何ですが僕は大半の人から好かれますね。老若男女から犬猫小動物にあと君と」
「私はそれらのカテゴリー外なのですか?」
「僕の中では少なくともそうですね。そう僕は誰とも付き合えますし、僕と話したり歩いたりするだけで皆さんは満足で胸がいっぱいになるでしょう。これは嫌味や自慢でなくそう言いますよ」
他の人が言ったのならとジーナは不思議な思いをしながらでルーゲンを見た。この人がいうから問題なくその通りであるとジーナは頷いた。
それはただの事実であり現実だと。だからこそさっきのルーゲンの発言は異常なのである。
「そう言われるというのに、あなたは自分自身に嘆く。何が足りないのですか?」
「真ん中、ですよ」
右手の人差し指と中指を立てながらルーゲンは自分の胸の真ん中にあてた。
「中心部分、いわば自らの核となる部分が欠けていたり空っぽであったりするのならば、いくらその回りが充実し満たされていても決定的に足りないのですよ、心は渇き餓えたまま。本心で望むものが手に入らずに代償で埋め合わせをしたところで代償は所詮代償であり、決して満たされない。君にそれが分かりますか?」
瞳に虚ろな光を宿しながらルーゲンが尋ねるとジーナはその瞳の光りをかつて見たことがあるとすぐに思い出した。
それは鏡であり過去であり他ならぬ自身であり、望む以外の自分であった頃のその光を直視しながらジーナは答えた。
「私にはそれが分かるかもしれません」
瞳の中の光りは萎んでいくように光るのをやめて闇に呑み込まれて消えていった。
「……不思議だ。ただの慰めだと普通は思うはずなのに、君が言うと本当にそう言っているように聞こえますね」
「本気で言っているからですよルーゲン師。杯は空ですがもう一杯だけどうです」
いいですねと頷きルーゲンが手を挙げると控えていた店員が新しい酒を注ぎに来た。
話は途切れ酔い心地のもと二人は同じ方向の空を眺め出した。雲が一部で裂け陽が漏れ地上に射している。
「あの光射す地が中央だとしたら中々絵になりますね」
「美しいですがそんなに近いのですか?」
「中央と言っても城の箇所だけが中央ではなくその周辺付近も並べてそう言いますね。距離だと、まぁギリギリで入っているとみていいでしょう。中央一帯に入れば戦争も終盤に入ります。兵士たちが頑張るように僕も頑張りましょう」
「それは真に有り難いのですが、しかし」
「なぜ僕みたいな僧が前線に立ちたがるか? と聞きたいのですよね。これが、その、核となる中心部分を埋めるための行いだとしたらどう思います?」
ルーゲン師の両目はいつものように美しい不均等な眼に戻り微笑みながら聞いてきた。
「それは戦う、ということではないのですよね? 先導するために前に出て」
「そうです、導くものです。以前お話した『龍を導くもの』になるために私はこうして前線に出ることにしました。今回が初陣でこれは祝杯ということです」
「ですがルーゲン師は後方の参謀職に就いていてもその役目になられたのでは?」
「駄目です反対意見がありました。それはこの他ならぬ僕からでして。納得できないという強硬な反対にあいましてね」
ジーナは笑うとルーゲンも笑った。陽射しは広がっていく中央の中央に向かっていくように陽の帯を広げながら。
「その役目に相応しい男のいる場所は前線の更に前線だと僕は思います。かつての龍を導くものもそうやって前に出ていました。それを引き継ごうとするものが後ろにいてどうしましょう? 今回の冒険も苦しかったですが、満足感がありました。僕はその役目に不適格な人間ではないと分かったからです。これで少しは空白が埋まりその喜びに浸っているところです。酒と君をブレンドしましてね」
キーンと金属音が鳴った。ルーゲンが指先で杯を弾いて奏でた無機質なその音がジーナの体内へ波うち波紋を広げ、心に浸みいってきた。
反射的にジーナは杯を弾き同じ音を響かせた。共鳴の如くに二つの高音が近づき重なりそれから一つになっていくのを二人を耳を澄まし、聞いていた。
何ひとつ言葉を放たずに、聞き入っていた。音はやがて静かに空間に散らばり微かな余鳴が消え入るように遠ざかり、消え、その時に二人のものとなったと確信すると
「ジーナ君」
「ルーゲン師」




