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この子は男が絡むと途端に馬鹿になる

 ヘイムが第一声をあげる。


「おおそうか。ルーゲンを護衛した隊は第二隊であったのか」


「ジーナの、いえ彼らでないとできない任務ですね」


「やつが真っ先に志願しそうな任務ではあるがよくやったものだ」


 密使として東西へいわば潜行する任務を背負ったルーゲンとその脇を固めたジーナと第二隊をヘイムとハイネはすぐに頭の中で思い浮かべた。


「ふむ。今回のはいつものと違ってかなり長いうえに中身も面白いな」


「彼が勉強を続けた成果を感じられますね」


 なんだかハイネの声は対抗的だなと抵抗感を覚えながらシオンはずっと読み耽る二人にならい黙っていた。


 しばらくの沈黙の後にヘイムは読み終わったのか手紙を読み途中のハイネに渡した。


「なるほど。あやつにしては珍しく手柄話を送ってきたものだな」


「いえ、手柄話って、彼はその、嬉しくてその感動を私達に」


「悪いとは言ってはおらんぞ。珍しいなといっただけだ。ジーナの手紙は自己アピールがまるでないからな。いい天気です、誰だかが良いことしました、良いものを見ました、前線はこんな雰囲気です、果実が美味しいです、とか子供並みの感想。本当にこれが龍の護軍最強の戦士の報告書かと目を疑うのばかりだからな」


 ヘイムが苦笑いするとハイネも同じ笑い方をした。


「自己顕示欲が無いのは善いことですよ。それに外国人ですからね見るもの感じるものが全て新鮮なんでしょう」


「観光ではなく戦場でそんな気分になれるのはある意味で頭が一線を超えておるが、今回の件は頭が普通になったといえるだろうな。そこも妙な言い方だが安心したな」


 これぐらいやってようやく頭や感性といったものが一般人並になるのかとシオンは冷やりとしたものを感じた。


 前々から準備されていたとはいえ、相当の困難が予想されるこのプランを主張し発動させたのは密使となったルーゲンだろうとシオンは確信していた。


 東西の戦線に無事に辿り着き計画を説き了解させ最後は自陣地に戻らねばならない……恐ろしいまでの困難さであろうとシオンは息を呑む。


「ここ良いですよね。『私は踏破のアリバの部下であり砂漠越えに失敗したことがないことから、今回の任務も多少高をくくっていました。危険でしたが成功しました』なんて自慢と冗談が混じっていて彼らしくないけどそこが良いって感じで」


 アリバ? 聞き覚えがあるがどこの誰だろうとシオンが首を捻るとヘイムとハイネが同じタイミングで見たせいかシオンの足は一歩引いた。


「その反応は忘れたようだな。ほらあれだたまに話していたジーナの故郷のボスで髭もじゃだというやつで」


「西の西の人だったようですね。大きい図体で食べる姿は縮こまっているようで巨大なリスだと言っていました。そうそのアリバさんとジーナは何度も砂漠を越えてこちらに商売に来たようなのでそれに倣ったのでしょう」


 ジーナが絡むとやたらと口数が多いなと思うも、まぁ思い詰めてのだんまりよりかはずっと良いとシオンは思い相槌を打った。


「西から東へ行く際に真ん中の草原を横切る際に馬車を使用としたことが踏破ということですね。手紙によると敵の先行部隊に一時目視される距離で遭遇したようですが、無事に切り抜けたとのことで」


「切り抜けられんかったら手紙など書いてはおらんだろうな。文章にするとあっさりしておるが、かなり際どい場面だったろうに」


「そうでしょうね。彼だからこそ出来た上に本陣に戻り次第すぐに手紙に取り掛かりいち早くこちらに知らせることも出せたのでしょう」


 そうだろうなとシオンは早馬による戦勝報告の次に来た手紙の類を思い起こし、その中で唯一の前線報告がこれであったことを今更気づいた。


 ハイネの言う通りこの早さは休む間もなく書き出したこと以外のなにものでもないと。


「おそらく今頃バルツ将軍やルーゲン師は疲労で参っていることでしょう。そんな中でこれを書けたのは馬鹿みたいに体力がありそうなジーナで」


「そうか。それにしてもこの妾がルーゲンやバルツよりも先に一兵隊の個人的な前線報告を読んで楽しみ真に受けても良いのかえ?」


「ヘイム様だけではありませんって。この私龍の騎士に女官書記と銃後の重要三部門の責任者が熱心に読んでいてひとつのスキャンダルかもしれませんね」


「いえいえ大丈夫ですよ。ジーナは単なる一兵隊ではなくて、その将来の、近衛兵もしくは近衛兵長筆頭ですもの」


 なっ! とシオンは冗談を飛ばしていたにも拘らずハイネの言葉を冗談と全く捉えずに固まった。


 いま、なんて、言った? あの男を、近衛兵長に? そんな馬鹿な。


「ほぉ……ハイネはあやつをその位に就けたいという意見なのか?」


「私の意見もそうですが客観的に今回の件も含めるのならそれが妥当だとも思われます」


 それは駄目だとシオンは無言でまず首を振った。ここまで公私混同かつ見境が無いとは……あぁ眉間の皺が深くなる。


 好きな男に高い地位を与え自分の地位と釣り合うようにしそのあとは結婚に持ち込もうとするとは、なんて浅ましい計画だろう。


 らしくもない! あの男が絡むとハイネはハイネらしい聡明さを失ってしまうのもシオンには腹立たしく、堪え切れずに嘆息及び文句が出た。


「私は反対ですからねハイネ」

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