ジーナからの報告書
「ヘイム様へ」
封を切り手紙を開くと始まるいつもの出だしの一文からシオンは読みだした。ここのところすこぶる面白いのがこのジーナの報告文である。
まず、私が読む、それは、正しいことである、とシオンはむにゃむにゃ口の中で呟きながら隅から隅を読み返す。
今回も異常なし、ともはや何を警戒しているのか分からない上にもしかして盗み読みというスリルを味わっているのか、どっちが目的なのかを見失っているもののシオンはその度に誰に向かってなのかこう思い呟く。
いまさら、やめられないのよ。
ということで手紙に再び封を施し執務室を経てヘイムの部屋に、龍の部屋へと向かった。ここはソグの龍の館。
冬が過ぎ春が来ようとしていると窓辺から見える新緑を眺めながらシオンは歩きヘイムの部屋へとこっそり入っていった。
シアルフィ砦からここに帰ってきてしばらくが経つのだなと移り変わる景色によってシオンは感慨を深めた。
「とても良い御方だと私は思いますね」
「それはよぉ知っておる」
扉を開けると中でヘイムとハイネが肩を寄せ合い書類と睨めっこをしていた。そうか今の時間はこれか、とシオンは帰りたくなった。どうしてか、自分は、これが苦手で避けたくなる。
「あっシオン様よくぞお越しになられました」
「またノックせんのかお前は。まぁいいこっちに来い」
素早く背を向けるも目敏く見つけられ観念したシオンは机の向う側に座ることにした。
定期的に行われているこの話合い、男のプロフィールの書かれた書類の束、龍の婿候補たちの。
「ヘイム様ならどの御方も下方婚になられてしまうのがちょっと難しいのですよね」
それにしてもハイネは龍の婿候補の選定だというのにヘイムの個人話をしているようで、そこはまた何かもやもやするものがあるのか、シオンはあまり口には差し挟みたくは無かった。
ヘイムもヘイムで聞かないのなら話は振らないようにしているのもやはり不自然な雰囲気だとシオンは苦々しく思っていた。
本来ならソグ王宮に今も住むヘイムの母君がこういった話の際は前面に出るべきなのだろうが、あの人は娘が龍身となり恐縮し過ぎて今も混乱している。元々そういった感じの心の弱い人ではあったが……
「母上は中央の父上に対してとてつもなく畏敬しておったからな」
身分差があまりにも激しさ故であったがそれでも弱い人だとヘイムは言外にそう言いシオンもそう思ってはいた。
心と身体が弱く今回の件でも体調を崩したまま母親の役割を果たせずに今に到る。
それにヘイムの気性が父親似だというのも一因であり、子供の頃から子に遠慮する母親であったために娘の龍となるものの相手を決めることができない。
「こちらが気を遣わんとならん。母上はそういう人だからな」
その気持ちは分かるが、だからといってその役をハイネに任せるというのは……苦々し気に書類を一枚手に取るとそこにはルーゲンの似顔絵があった。
そっくりではあるが左右の目の大きさが同じであり整ってはいるが、実物を知っているが故に逆に不気味であった。
これは絵師の方が修正をしたのかそれともルーゲン自身の注文か。どちらにせよシオンにはそこに美しさを感じず歪みだけを感じた。
それにしても、と書類を読みながらシオンはこの男の不思議さを改めて思った。最も男というのはどこかみな妙なものではあるが。
宰相の私生児であり少年期からソグ教団に預けられるも、ずば抜けた才能でもって最年少の僧となり教団内で頭角を現しマイラ様に気に入られ、中央とソグの両方の政治交渉でも活躍をしてきた逸材。
内乱勃発後もこちら側につき数々の功績を積み上げ、今はバルツ将軍の一参謀として前線に赴き龍の護軍を前に前にと進め龍を導いている。そう彼は龍を導くものとなるつもりだろう。その目的はまず間違いなくこの。
「シオン様、その報告書は如何でしょうか? ルーゲン師の最新功績ですよ。東西戦線で膠着と後退を繰り返していたムネ将軍とオシリー将軍の軍の同時攻勢に加え、我らが南戦線もそれに合わせて一気も北上して大兵力だった中央軍を敗走させたあれです」
「フフッ興奮しなくても良いですよ。私も知っていますから。あれはルーゲン師が密使として東西戦線に赴いて攻撃時刻を伝えたということですよね。西に行ってから東、と。とんでもない度胸と根性ですね」
そうシアフィル砦から出撃した龍の護軍は北上し、中央南の平原へと向かうもそこは敵側の最終防衛ラインともいえ中央軍も南下しだしていた。
「もとからマイラ卿らと打ち合わせをしていたのでしょうが、成功させたのはお見事以外のなにものでもないでしょう。中央軍側もまさかこんな直前で打ち合わせが済み東西南から同時挟撃をされるとは夢にも思わなかったのが勝因ですけれど」
「ギャンブル要素が強すぎたな。だが成功した、これは事実であり彼らの勇気と健闘に我々の祈りが通じ幸いであったな」
しみじみとヘイムがそう言うと左右の女は深々と頷き感動を再びにした。だがシオンはうずうずとしていた。そんな概要だけではないのだ、と。
実はですね、とは言えないもどかしさでシオンの声は変に甲高くなった。早く手紙を読ませないと、自分が話せない。
「ああっとヘイム様! これ、お手紙です! ジーナからです! どうぞ今すぐお読みください。その、今回のはすごそうなので私にもお見せください」
誰よりも早く読んでいる癖にシオンはきちんとそう言った。うん、とヘイムがその気もなさげに手紙の封を切るとハイネも身を乗り出して覗き込んで来た。
「しっ失礼します」
駄目だと言っても聞かないぐらいの目力のハイネと後ろから読むふりだけのシオンがヘイムの回りに集まった。




