僕も好きですよ
その頃ジーナは住み慣れた塔に舞い戻ってきていた。
『今日からしばらくまたここに住んでもらう。お前は聖油を受けたものだ。儀式は終わったのだから他の兵隊にこれ以上祝福を与える必要はない。兵隊以外のものや俺やソグ僧が訪問するが基本的に扉には鍵を掛ける。くれぐれも出歩かないようにな』
こんどもこうなるとはどうしてこうなったのだと嘆息しまた蟄居生活が始まったのかと机に座り習慣的に字の勉強をし出しす。
ジーナは頭に手をやり指先を嗅いだ。
濃くて柑橘系な匂いがし心が安らぐ気持ちもした。あれは前もって準備していたのか咄嗟のことであったのかは不明なまでも、これはあの人が一度もつけたことが無い匂いだということがジーナには分かり、それとこれはあの人には似合う香りだなとも感じとった。
『お前は誰よりも信仰からほど遠いのに誰よりも信仰に近いからこのような祝福を授けられるのだ』
との逆説めいた意味不明な言葉と共にバルツ将軍の感涙を見たもののジーナはあれが龍の祝福だとは少しも感じられなかった。
あれはあの人の祝福以外のなにものでもないと。だからこそ自分も途中で目が覚めてあの状態かを解くことができた。
だがこれから先は、自分達はそういう関係として、あのような形で会いまみえるとするのなら……
「ジーナ君? 入りますがよろしいですか」
ノックの音が正しく三度鳴りルーゲンの声が聞こえたためにジーナはすぐに立ち上がり了解の声を掛けた。
「では失礼するけれど……おっやはりこれは」
ルーゲンが入り口で鼻を数度動かし部屋の匂いを嗅いでいた。
「……これが使われた香油の匂いか。なるほど、とてもいい匂いだね」
目を細めながらルーゲンがそう言い部屋の中へと入って来る。瞼を閉じ鼻だけでジーナの場所を探しているようにして机の前で止まり突然にその頭を抱えて鼻につけた。
「素晴らしい匂いだ」
「あっあのルーゲン師? 聖油のことを言っているのは分かりますが、そうされると」
「おっと失礼。つい興奮してしまった。どうか許してください」
この人でも興奮するときとかあるのかと離れて長椅子に座るルーゲン師を見ているとまた鼻で匂いを嗅ぎながらしきりに頷いていた。
「あのような聖油式に変わるとは予定外でしたが、大好評でしたね。僕自身も名だけは知っておりましたが実際に見たのは初めてです」
「バルツ様もその聖油式のことを言っていましたが意味不明です。あんなに感激するぐらいなのですから相当に有り難い式なのでしょうが、その、まさか頭に油を垂らされるなんてびっくりしましたよ」
「しかし君は微動だにしなかったじゃないか。当然聖油式など知らないはずだけど、はじめは何だと思ったのかな?」
「あの人らしいイタズラではないかと。いえ、こう、こうやって塔に引きこもっていたことに対する罰とかとも思って黙って受けていました。はじめは水だと思いましたが匂いのあるヌルヌルする何かで随分と手の込んだイタズラをするだなとも」
ルーゲンは笑い出しジーナも微笑んだ。
「それが悪戯だとしたらあまりにも高級すぎるね。君をおめかししていったい何を狙おうというのか。ところでジーナ君はその匂いは不快とかでは無いかな?」
変な質問だなとその美しい顔を見ながらジーナはなにも考えずに答えた。
「良い香りがしますね」
「好きかな?」
「あっはい好きです」
返すとルーゲンの表情は満開の花のように開いた。
「僕も好きですよ」
あれ? このやり取りはさっきやったのと同じだなぁ……とジーナは思うも微笑み返すとルーゲンの手がその髪に触れる。
「君とはどうしても好みが合ってしまうようだね。ねぇジーナ君、こう考えたことは無いか。
僕達はどこか似てはいる、あるいは同じではないかって」




