私にしかできない仕事
三人は会場から出て砦内の廊下を無言で歩いている途中に人気が無くなったのを見てシオンの口が開いた。
「先ほどハイネは照れ隠しと言いましたが、危ういところでしたよ。式典の最中に龍身が倒れたりなどしたら全ての意味で一大事の凶兆です。ましてやこれは中央進軍前のもの。くれぐれもお気を付けください。お言葉が過ぎますが、なにとぞどうか」
苛立ちと怒りを滲ませながらシオンがそう言うとヘイムは小さく頷いた。
「分かっておる。これは龍身によるミスではなく妾のミスだ。いくら言っても良い」
「では女官の人数を増やしましょう」
横からハイネの威勢の良い言葉が出てきた。
「屋外での歩行時には一人ではなく両脇に二人配置しましょう。そうすれば今回のようなことがおきましたらフォローができます。儀式の時から散策の時も。そのようにいたしたどうでしょうか?」
その提案は真っ当でありどこにも異論は無いはずであるのにシオンはどこかにおかしさというよりも邪心を感じた。
だからそれは後ほどに検討しましょうと言おうとするもヘイムの首が縦に動いた。
「……反対することはできんな。そのように取り計らうがよい」
ありがとうございますとハイネは笑顔で応じたが女官が増えてどうして喜ぶのだろうか? とシオンは知り合いでも推薦するのかと首を捻るも、それよりも確認すべきことを思い出した。
「ところでヘイム様。杖の件ですが」
「手が滑ってしまってな」
ヘイムは前を見ながら答える。
「私には放り投げたように見えましたけど。それにあの踏み込みは」
「つんのめっただけだ。投げるって、どうして妾がそのようなことをするのだ? 妾が転びたかったとでも?」
「そんなはずはありませんが、したように見えました。それにあの直前にあなたはどこかおかしくて」
シオンの訴えをヘイムは手で制し微笑みながら横を向いた。
「それ以上はよせ。妾の恥を再確認させてそんなに面白いのか?随分と意地悪なことをするな。まぁいいではないか。おかげであの香油は良い使い道ができたし伝説となったからな。みんな妾の失態など聖油の儀式の前振りとして印象に残るだけだからな。あとでルーゲンにお礼を言わんとな」
「えっ? あれはルーゲン師からの贈り物だったのですか? それってもしかして」
「どういう意味で贈られたのは知らんが、あの場合はああする他は無かったのだ」
「まぁよりによってかけたのがジーナというのがなんともですが」
「妾の恥を救うための尊い犠牲となったのだ。奴も本望だろう」
両脇の二人は吹き出し咳込みながらシオンが言った。
「かけた相手はこの世で一番本望だと思わない人ですけどね。とりあえずこれで我々の仕事は終わりましたね。予定通りに明朝ここを出ますのでハイネもそのつもりでいてくださいよ」
「畏まりました。といっても既に準備ができておりますので、いまからでも良いぐらいです」
むっそれはどういうことだろうとシオンは逆に訝しんだ。ごねたり少しぐらい戸惑ったりしても良いはずなのに。
まさかジーナのことは清算済み? そんな可能性は低いだろうがもしかしたら……でもそれならそれで解決済みなら問題ないのだが。
「後方で新しい仕事が私を待っておりますので先に帰りたいぐらいですよ」
そんなに楽しい仕事があるというのか? とますます分からないまでも式が始まるまでの不穏な様子からの今のその上機嫌な様子にシオンはホッとした。
「私にしかできない仕事ですよ。それをヘイム様からお任せされましてね。そのようなご使命を授けていただき心から感謝いたします」
眩いばかりの笑みを声の明るさにシオンは立ち眩みを覚えそうになるもヘイムは事もなげに答えた。
「ああ頼んだぞハイネ。そなたが最も適任であろうからな」
返事にハイネは微笑みながら頷いた。




