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ルーゲンの贈り物

 名を呼ばれる限り自分はまだ失われない、まだ失う時ではない。


「ほぉ、今回のは中々にかっこいいな」


「かっこいいとは何ですか。綺麗だとか可愛いだとか言いなさい」


「シオンがいつも言われている褒め言葉だぞ。何が気に入らないのか」


「私はそういう風には着付けていませんよ。あなたに男性的なかっこよさはありませんって」


「分かっとる冗談だ。それにしてもこれは中性的であるな。ヒラヒラしておらんしピッタリでもない。動きやすそうなのでいいが」


「そういうことですよ。あなたの脚のこともありますしね。とにかく急がなくていいですからね。壇上で転んだとしたら一大事ですし」


 念入りな注意の後に退室し部屋に残されたヘイムは鏡の前でもう一度自分を見て思う、とても似合っていると。


 それは色彩やデザインといった点のみならず内面的なものも含まれていた。男のものでも女のものでもない性を超えた衣装はまるで龍身と自分のためだけのものであるように。


 そうだとも、とヘイムは頷いた。龍には性別などない、と。龍はそんなものを超越し支配するものであり、自分はそうなるのだと。


 杖をつき足を運ぶとヘイムの身体は思った以上に進んだ。


 確かに動きやすいな、と快適な気持ちでそのまま部屋を出て控えていた女官の手引きを拒否し歩き出した。かえって足手まといとなる。


 龍身に触れるのはそちら側の方が緊張して転びそうになるからな、といつも以上にヘイムは快活に歩き進んでいく。


 一体化が進んでいるのだなと。特にこれから壇上へと登ると思うと頭が研ぎ澄まされ意識が鋭角になっていくのが分かりだした。


 これまでの歩行障害がもしもちぐはぐな魂と身体の未統一状態によるものもあったとしたら、この先完全に一体化となった場合には問題無く歩けるのではないだろうか、と。


 会場の外に設けられている幕へと向かってヘイムは進んでいく。このように一人で、付き添いなどおかずにたった一人で歩けるのでは? そうだとも龍は一人で歩けるのだ、ならば龍身もそのような存在であると。


 しかしそれは……ヘイムは快適に歩けるなかで聞き覚えのない囁きが心の中から出てきたのを感じた。しかしそれは、とはなんだ?


 問いに対し声は、はっきりと、ゆっくりと、わかるように言いだした。あ、な、た、の、い、の、ち、の……


 途中で分かったからこそヘイムは大声で呼んだ。


「シオン!」


 控えの幕で豆を食べていたシオンは咳込み入り口を見ると声の主が入ってきた。


「ゲホッなんですかヘイム!急に大声を出して。あなたのせいでびっくりしてこうなってしまいましたよ」


「よっよいではないか。また詰まらずに済むのだから。そんなことよりも、なぁ、妾はいま、どうだ?」


 シオンは首を傾げてヘイムを訝し気に眺めていたが、急に勝手に合点したのか頷き微笑んだ。


 相変わらず思い込みの激しさには助けられる、とヘイムは思った。


「綺麗で可愛くてついでにかっこいいですよ。選んだのはほとんど私ですけれど、実に貴女らしいというか、まぁもうお姫様ではなくて女王様みたいなものですし、ちょっと奇抜に見えるのもいいでしょう。誰も文句は言いませんし言えませんよ」


 ヘイムが服装の着こなしを改めて不安になって聞きに来たと勘違いしたシオンが優しい言葉を掛けてきたが、違うそうではない、だがそれでいい。


「それならいい。いや動きやすすぎて妾が妾であることすら途中で忘れそうになっての」


「忘れ過ぎですよもう。ヘイムがヘイムのことを忘れそうになってどうするんですか。如何なる時でも自分を手離してはなりませんよ。それが素敵な衣装を纏ったのだから好きなように動いてみせて息が上がって苦しい顔を友達に見せるときであっても」


 シオンが一人で笑い出す前にヘイムが笑い始め、控えの間は笑い声に溢れた。


「そういえばですね先ほどルーゲン師が訪れましてね。いらっしゃらないのならこれを龍身様にって」


 良いタイミングで自分はここに来たなと思いながらヘイムは渡された瓶詰を見つめ、眉をひそめた。


「……これは香油だろ? なんだってこんな高価なものを」


「これはまた妙な言い方をしますね。あなたはこれよりも高い香油を髪に塗って贅沢をしていたじゃありませんか」


「昔のことだろうに。金があるのならそういうことはしていいが、無いのならそういうことはしてはならん、そんなのは常識的だろうに。シオンはこれよりもと言ったが値段で言うならどっこいだ。しかしいまの妾ではこれを使うのには気が引けるな。まさかあやつが一年貯めて買ったとかではあるまいな」


「南方から参ったの商人からの献上品だそうです」


「だったらはじめからこちらに贈ればいいだろうに回りくどい」


「言われてみるとそうですね。ルーゲン師らしくもない。なにか意図でもあるのですかね?」


 ヘイムは瓶の中の香油を灰色の空にかざすとふと南の習慣を思い出した。



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