この隊長、雑魚すぎる
黙っていたのはこの反応を見るためだなとキルシュの三白眼の光りに目を逸らしながらジーナは罠にかかったことが分かった。
言う通りに自分は探していた。隊員が扉の外にいた時も見渡すふりをして探した。あの日から来ていないハイネのことを。
三日ほどのことであり、シオン達が来たことによって忙しさが増した、自分に構っている時間など無くなった、そもそも忙しいから来ないと言った。
そうであるからこそ今日はもしかしてと思っていたが、当てが外れたというか、今日が一番忙しいとまた頭の中はグルグルしだした。
「駆け引きだよ」
「なんの?」
下からの意味深な言葉に素で答えるとキルシュの眼は見開かれそれから細くなって笑った。
「駄目だジーナ隊長……雑魚過ぎさ」
なに笑ってんだこいつは、と思うもこれ以上に話をすると嫌なところに触れられそうなために聞くのをやめた。
このキルシュにハイネは? なんて絶対に聞けない。これから怒涛の質問全でも来たらどうする、と身構えようとするとキルシュは自分のバックから何かを取り出して、見せた。
「そういえばジーナ隊長ってこれ好きだっけ?」
唐突に話題が変わりその手に乗せられているのは丸い橙色の実。甘くて酸っぱいやつ。
「それか。苦いやつはちょっと苦手だな」
「誰だって苦いのは苦手だよ。外れを引いたようだけどこれは甘いよ。龍身様たちがお持ち下さったソグからの贈り物でさみんなに配給されているんだ。ジーナ隊長だから特別に数を多めにとっておいたから部屋に戻ったら他にも持ってくるよ」
その実を見ながらジーナの記憶はソグへと、秋の空へと、庭へと、戻っていく、だがそこで止めた。これより先にいけば会ってしまう。
「ありがとう。正直なところ表彰を受けるよりもこっちを数多く貰った方が、私は嬉しいな」
「なにを言ってんの式に出ないと他のは没収だよ。ほら剥いてあげるから食べなよ、出所サービスだ」
階段を降りながらもキルシュは器用に剥き出し身を一つジーナに差し出しそれは口の中に入る。記憶をどうにか止めているというのに、その形であの日を、その手触りでその時を、その味で……
「これは甘くて旨いな」
味の違いで辛うじて止まったもののそれでも匂いは同じであるために、さざ波のように記憶が押し寄せては引き、引いては押し寄せてきていた。
「あたしが剥いてあげていることもあるだろうからね。もっともあんたさんはあたし以外の人に剥いて貰いたいんだろうけどさ」
防ぎようもなく不意打ちにそれは、きた。眼の前はあの龍の館の芝生となり木陰の岩の上に座り、左側にいるのは当然に……
「なに泣いてるのジーナ隊長?」
言われてジーナは顔を拭うと指先が湿っていた。
「汁が目に入ったかもしれないな」
「あっそう悪いね私の剥いたのが入っちゃって。ああそうだところでジーナ隊長はこれから身だしなみを整えるんだけど、さっきも調べたんだけどジーナ隊長の正装って臭いがついちゃってるからさ、ちょっと香りをつけてみない?」
ジーナはもうひとつ口の中に入れながらその提案に無思考なまま頷いた。




