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憧れと好きとはちょっと違う

 呆気にとられたハイネの横に座るルーゲンは些かも動じず表情を変えずにハイネの方に目をやり微笑み、それから視線を戻してから言った。


「ええ僕はハイネ嬢が好きですよ」


 明るく率直にそう告白するルーゲンの顔には一切の苦悶も陰もその奥の闇さえ見えなかった。


 シオンは溜息をついた。こう返すのは当然であるのに落胆した気持ちとなった。


「あなたの口から出る好きは毎朝の挨拶みたいなものですよね」


「毎朝拝むお日様みたいなものであるな」


「もったいないお言葉で好意はその場で湧いたらそこで告げるのが理想的ですからね。龍身様が問われましたから嘘偽りのない真心を申し上げました」


 これ以上に無い対応であったがシオンは鼻白む気でいっぱいだった。そういうことではない、と。


「私もルーゲン師のことは好きですよ」


 今度はその隣から告白の声が上がり視線を集めるが、とうのハイネは爽やかな笑顔のまま躊躇いもなく答えた。


「とてもかっこよくて賢いですから。私も含めた周りの女子たちみんなの憧れですよ」


 一同は笑い出すもその場においてシオンの笑い声は苦い成分が多めに混じっている。


 あなたはあの見た目があまりかっこよくはなくておまけに頭の回りが異様なほど悪い男に夢中な癖に。


 だからそんな簡単に言えるのですよ。


「ハイネ。婦人でその手の発言は冗談が過ぎますよ」


「ご安心をシオン様。このようなことはルーゲン師以外の男の方には致しません。ルーゲン師なら安心してこの手の冗談は軽く受け止められると信じられますしね」


 シオンのたしなめに対してハイネは受け流しそれから息を軽く吸ったように見え瞼を閉じ息を止める。


 ほんの一瞬の動きであったがシオンはそこに何らかの力の流れを感じ取り思う。それは戦う直前の戦士の呼吸だと。


「ヘイム様もそのような意味で私をおからかいになられたのでしょうし」


「ハイネ。妾がからかったのはルーゲンのほうであるぞ。ハイネハイネとお気に入りのようであるからな」


「御戯れを龍身様。しかし僕は兎も角として他の男性はハイネ君の傍で一緒にいましたら当然好きになりますが、好きが高まって引きかえせなくなるでしょうね」


「だろうな。そなたは昔からもてるからな」


「いいえもてませんよ。知らない方からは好かれましてもそれは私にとって特に価値はありませんし」


「贅沢なことを言うてからに」


 三人によるごく他愛もない会話であろうがシオンは口を挟むことができずにその言葉に耳を傾け感じることは一つであった。


 なんだろうかこの不協和音感は、と。交差する会話の接触音が金属が掠る際の不快な音に似てシオンの胸を不安にさせた。


 最近のヘイムはこの手の話どころかからかいは私とマイラ様以外ではあまりしないというのに……そもそもヘイムがルーゲン師の恋愛事情について何かを言うなんて今まであっただろうか? そのような話をするということは……


「ハイネは外から見ましたら男性から囲まれているように見えますが本人は特定の誰と、という感じではないのですよね」


 自らの胸に渦巻く不安を振り払うためにシオンは口を開いた。彼女はそういうタイプであると。そうであってほしいと。


「その点はルーゲン師と似ておるな。そこが似ておるとくっつきにくいのかもしれんな。まぁどうであってもハイネには将来のことを考えて国家の柱となれる男を婿として迎えて欲しいものであるな」


 おっいい流れだとシオンは手を握りながら目を輝かせて向ける。良いぞヘイムそうだそうだそこだ、そこを突け。


 ハイネの心に釘を刺すんだ。あなたはこの先は国政に関わる人物となるのだから相手は自分の感情ではなく龍と国家のことを優先させるべきです。このことは私の口からよりもヘイムの口から出た方が天と地ほどの力があることからシオンは感極まった。


 ハイネが他のちゃんとした男を選ぶ、いやまともであればいい、いいえそうじゃない今の私にはたった一点しかない。


 あの塔に閉じ込められているごろつきのろくでなし以外なら誰だっていい!


「このハイネ君が選ぶのは間違いなく強くて立派な男でしょうね」


「分からんぞ。こういう優秀なできる女に限って駄目な男に惹かれてしまいがちだからな。世話好きが仇となるのだ」


 ヘイム、あなたは結構人のことをよく見ていますねとあの一件を話していないにもかかわらずその核心に触れたことに感心をした。


 あの悪党以外で言うとハイネの友達は第三隊の指揮官を中心に彼女の地元の幼馴染たちであった。


 シオンはその者たちのことを知っているもののハイネとの仲の進展を考えると自信が持てない関係であるとも感じられた。


 だが、それではまずいのである。この子とあいつを引き離さなければならないと。


「もうヘイム様ったら。私は駄目な人なんか好きになりませんって」


 なっているだろと叫びたい衝動をシオンは我慢した。もしかしたらかなり重症でハイネはあの男の駄目さに気づいていないのだろうか?


 恋は盲目とはいうが一体どうして? ああいう単純な戦場の英雄や勇者に一時の熱に浮かれ惹かれるような単純な頭の子ではないのに。


 あの男の何が良いのですか? と聞いてあまり耳に入れたくない単語が入るのも嫌なのでそこは聞けないが、分かったことはハイネがあの男を駄目だと男だと判定していないということ。それはまたショッキングな事実であった。


 この中でハイネのその事情を知るのは自分のみであると考えるシオンは下手に口を開くのを堪えるために豆を齧りだした。


 するとヘイムが急に話題を元に戻した。


「ところで表彰式の件だがな……」



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