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なんであんな男のことを考えなければならないのか

 そうだあいつは悪い男だ、とシオンは考えると気分が楽になった。うん、あれは悪党だ、まちがいない。証拠は山ほどあってどれも悪で黒ずんでいる。


 ハイネに手を出した癖に私とハイネの区別を咄嗟につかない程度の思い入れ。


 まぁあのハイネを誑かしたのは快挙ですが軽蔑に値するという意味でマイナス百万点。


 そもそもヘイム様への無礼な態度や有り得ない任務放棄の事も含め、身近にこんな無礼極まりない悪い人間が他に思い浮かばないくらいに酷いときた。


 そこはヘイムも同じでやれ外国人は駄目だとか風習が野蛮だとか、あの男の内面が駄目だとか言いたい放題で本音で語り合ったものの……嫌ってはいない?


 気に喰わなくはないという驚くべき心境であるのがシオンは考えるだけ不気味であるが、真実であった。


 嫌悪感の対象であり不快であるのならそもそも話題になどせずに本音など交わさない。口にするだけ忌々しいのだから。


 それを言うのならルーゲン師の話題を我々はあまりせずにしたとしてもそこには本音は無い。だがそれは逆なのではないかと。


 おかしいのだ。語るべきなのはルーゲンのことであるのに語っているのはジーナとは。


 そうだ今日だってあんなつまらない手紙をヘイムと語るためにちょっとウキウキ小走りしてここまで来たのだ。


 だかそれはおかしくはないか?


「またおかしな食い方をしおって。おいシオン。また豆を詰まらせるぞ」


 気がつけば豆殻が机の上に散乱しておりシオンは自分の口の中の渇きに気が付いた。


 それにしてもまたとはいったい何だろうと?シオンは本気で疑問に思った。


 するとハイネがそっとお茶を差し出し注いでくる。


 それはぬるめに調整した茶であったためにすぐに喉を潤し喉のつっかかりなど全て流してしまった。天使みたいな後輩。悪魔みたいな男にだまされた不憫な娘。それでもその顔の美しさに変わりはなくむしろ綺麗になっていた。そこだけは感謝してもいいかもしれない。


 本当にきれいな顔をしているとハイネを見ながらシオンは気分が良くなった。美形を見ると心が洗われると。


 鏡を見れば気分が良くなるが四六時中鏡を見ているわけにも行かずに知り合いはそういう顔で固めたいがそうはいかない。


 特にあの男は、とまたそっちに考えが移りそうでやめた。


 自分はどんな縁があってあんな男のことを考えなければならないのだ?


 これからだってそうだ。私の開口一番はこの手の中のものであるのだから、とシオンは入ってきたときとは逆に意気消沈しながら切り出した。


「ヘイム様、こちらを。ジーナからの御詫び状です」


 ペラペラに薄く軽い封筒を隣のヘイムに手渡すと反応もまた薄く軽かった。


「あっそうであったな。では確認するか」


 封を開け手紙を一瞥しすぐに閉まった。たったそれだけ。とことん面白くもなんともない。


「彼は御詫び状を書いたと聞きましたが本当だったのですね」


 とルーゲンが尋ねて来てシオンは何故か不快になった。つまらない話を蒸し返すんじゃない。


「ああそうだ。表彰式に出席する為にな。ひとつのけじめだが大したものではない」


 そう全然大したものではないのだから会話の種にして面白く咲かせたかったというのに、あなたがいるから台無しとシオンはもう帰りたくなってきた。今日は兎角にイライラする。


「ここで製作裏話ですが彼はその一文を百回ぐらい繰り返し書いた後のがそれです」


 面白い話が来たなとシオンは身を乗り出した。



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