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悪党ジーナ

 何ともつまらない手紙だと毎回思うが今回は破格のつまらなさだなとシオンはいつも以上に手紙の文章を読み返した、というよりも見返した。


 目に入るそれが全てでありそれ以上のなにものでもなくそれ以下でもない無装飾で無添加なそのままな文章。


『申し訳ありませんでした』


 だが十分すぎるほど十分であり文句のつけようのない謝罪文。


 言い訳といったごちゃごちゃもなくこちらの時間を奪う余計なものなどは一切ない、謝罪。


 じつにあの男らしい、とシオンはジーナの仏頂面を思い出しながら寝台から身を起こした。


 まぁこれはこれでいい、と手紙を封筒に入れながらシオンは心中で呟く。


 この手紙はハイネから預かったが正式に事前検閲が許されているために大手を振って先に読み、感想を考え、そのままヘイムの元へ行ける。


 そういつもの演技やとぼけなくて済むのはいいがあの味わい深い罪悪感がないのがちょっと惜しいなとは思いつつ、いや最近疲れているからあの重ったるい気分に浸るのは身体に悪いともシオンは感じた。


 思いっきりバカにしてネタにしてやろうとシオンはいつもの速足が三割増しとなりヘイムの部屋へと進み、扉を開ける。


 ヘイム! と開口一番に言うとした言葉は中の様子によって舌の先から胃の底にまで引っ込められ、落される。あいつがいるのか。


 机を囲んでヘイムにルーゲンとハイネがそこに座っている。予定にはないものたちがそこにいた、しかもこのタイミングで。


「あらお二人はどうなされましたか? こんな半端な時間に急遽集まるだなんて」


 普段と変わらぬように愛想よく二人を歓迎するそぶりを見せながらも、その心は一つの強い意思で一杯であった。用が済んだのでしょ? 早く帰って。


「丁度良いお時間にシオン嬢もいらしましたね。僕たちもたったいまこちらに参りまして」


 間が悪いにもほどがあるなこの雌雄眼の優男は、と曖昧な笑みで以て心中を察せられぬように浮かべつつ視線を離し椅子へと座る。


 思えば、とシオンはルーゲンのことを一瞬だけ深く考える。この男はどこか気に喰わない。


 そのどこかとはどこ? と問われてみても知りませんとしか言えないものの、気にいることはなかった。


 昔はそうではなかったとルーゲンの顔を横目で盗み見する。シオンは面食いでありこういう細い感じの男は好みではある。


 婚約者のマイラは典型的にそういうタイプでありそれが理想の具現化だとしたら、ルーゲンはというとちょっと暗い陰のある男であり見劣りはするがそれはそれでシオンは別に悪意など抱くはずもない好意的にみられる人物の一人であった。


 出自は兎も角として、シオンは自身のこともあり男を出自で判断するものではなく、このソグ教団の有望株であり将来を約束された若い僧の一人であり、学識豊かで弁論は時に激しく時には優しくと男らしさに溢れ人格も優れ誰からも好かれ悪者には嫌われる、と付け入る隙を与えぬほどの人物だと、シオンは認めている、あるいは認めていた。


 あの頃までは……それはいつだろう?といつにもなくシオンはルーゲンの事について考えたのでもう少し探ってみた。


 それは……ここでは? とつまりはあの約一年前のソグ撤退行動中にここシアフィル砦に辿り着き……しかしあの時のルーゲンは英雄的行動を取っていた。


 一人でシアフィル解放戦線へと赴き、当時はまだテロリスト集団だとしか認知をされていなかったというのに、信じられないことに説得に成功し同盟を締結、しかもバルツ将軍は正真正銘の龍の護軍を率いるに足る人物だったと有り得ないほどの成果をあげた。


 ハイネも他の女官もルーゲンに感謝の抱擁をし自分も柄にもなく喜びのあまりルーゲンに抱き付いた。その時? いや違う。


 ルーゲンはいつものように涼しげで謙遜しながら逆に感謝するという流石はルーゲン師だと偉さがさらに上がった。私だってそう思った。


 この美しい容器にはどれほどまでに高潔かつ綺麗な魂が入っているのかと。そこまであなたは運命に愛されているのかと。


 だったらなんだ? シオンは記憶をもっと深く探っていくその闇の奥、指先が泥に触れ爪先に染み込み痛みと汚れが入って来るかという感覚の中で……そうだ、私達の後にルーゲンは病み上がりではあるものの、この件に関しては直接労いの言葉を掛けたいというヘイムが座る椅子の傍まで行き彼は突然にひれ伏し額ずき聞き覚えはあり過ぎるほどあるというのに、ある意味で聞き覚えのない言葉をヘイムにはじめてかけたのだった。


「龍身様」と。


「シオン嬢?」


 ルーゲンの声で我に返りシオンが背筋を伸ばした。


「いえ申し訳ありません。疲れがちょっと溜まっていまして」


「ああこちらに到着した時も医務室に運ばれていたようですね。どうかご自愛ください。あなたは何事も頑張りすぎてしまうのですから」


「もったいない言葉ですルーゲン師。感謝いたします」


 良い人だよこの人は、とシオンは複雑な思いでルーゲンの笑みに微笑み返す。


 別に昔から変わりはなくいつものルーゲン師。とするとこの自身の心の変化は自分が彼を憎む悪人になったということだとでも?


 そんなことはないとシオンはそんな可能性を即座に払い除け捨て去った。私ぐらい善良かつ正義側に立つものなどいないと。


 ルーゲンもそちら側であるのだから同じ立場にいるもの。だったらこの心境はなんだというのか?


 と下らぬ堂々巡りをするためにいつもこんなことは考えたくはないのだとシオンは苦い思いをするために口を漱ぐための何かを考え出した。


 自分は正義側であるとしたら悪党側は誰だ? と問えば即座に頭に浮かぶはあの陰気な岩みたいな男、ジーナ。



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