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私をブスだと思いましたよね?

 隠そうとする手を抑えてジーナはハイネの顔を見た。涙に濡れ髪が肌のあちこちについたハイネがそこにいた。


 自分が見なければならない顔がそこにあった。


「醜い顔だと思ったでしょ」

「そうだな」


 なんでこんな台詞が自然に出るのかジーナは言った後に思うも、言いなおさなかった。


「分かっていますよ。私のいまの顔とあなたの心。本当に最低ですよねあなたって。わざわざ引き留めて力づくで隠させないでこんな状態の顔を見たがるなんて、あなたみたいな男は初めてですよ。そんなにこんなのが見たかったのですか? 嫌いな顔なのに」


「ああ見たかった。自分がここまで泣かせた女がどんな顔をしているのか、見たかった」

「そしてブスだと確認できたわけですね……私だって嫌いですよ。いまのあなたは」


 そこで言葉を切るとハイネの両目尻からまた涙が零れだす。溜め続けていたかのように溢れだすも、顔はさっきのように崩れずに睨み付けるようにしながら、そこに矛盾があるように涙が落ちるに任せジーナもまたそれを見つめるだけであった。


 涙の音があるのか零れる涙が服や床に落ちる際にほんの微かな音が部屋に響くのみであった。ハイネは何も言わずにジーナも何も言わない。


 涙を流しそれを見ることだけに集中するために、それがとても大切なことであるように、零れるに任せていた。


「……あなたに悪口を言われてすごく涙が出てきました。こんなに泣いたのはあなたのせいです。ジーナが私を傷つけて泣かせた」


 やがてハイネが訴えるもジーナはそのままの姿勢で聞いていた。


「そうだな。私のせいだ。私の言葉がハイネを傷つけ苦しめ泣かせた」


「あなたが私を怖い顔をして嫌いだと言ったから」


「嫌いだから嫌いと言った」


「だったら離してくださいよ。嫌いなんでしょ」


 動いて離れようとするハイネをまた引き寄せジーナは言う。


「さっきはそうだったが。今は違う、違うんだよハイネも私も。分かるだろ」


 腕の中でもがくのをやめハイネは見上げるも乱れた髪が目を覆っているためにジーナは瞼にかかる髪を指で開き見つめ、告げた。


「もう涙が止まったようだから顔を拭こう」


「別に私は拭こうとは思ってませんよ。このまま行きます」


「いや拭かないと」


「どうでもいいですよ」


「そうはいかない。泣かせたのは私だ」


「あっそう。でもそうしたのはあなたであって私じゃない。私じゃないんですよ」


 ハイネがそう答えるとジーナの腕が離し、それから両の掌がハイネの頬に添えられた。


「ならこの手で拭く。このままにしてはおけない」


「好きにすれば、いいですよ。ご勝手に」


 ハイネは瞼を閉じるとジーナの掌の流れた跡を拭い、それから指先は目尻に触れ涙をさらって行き、前へと流れていた髪を元の位置にまで押し戻し整えると、そこには肌に赤みがかかっているがいつものハイネがいるような気がした。小声で良しとジーナが言うと合図のようにハイネが瞼を開き、再び睨む


「何が良しやら。自分で汚して自分で綺麗にして楽しいですか? 気持ちいいですか?」


「楽しいわけがないだろ。こうしたのは私なんだからこうする、それだけのことだ」


「この女は嫌いだけど自分としてはこうしたいから無理矢理こうした、ということですね。フッとってもあなたらしい考えですよ」


「嫌いじゃないよ」


「ハッ」


 ハイネは鼻で笑い睨んでいた表情に嘲りの皺が寄った。


「嫌いじゃないとか。今更機嫌を取りだすなんて情けないと思いません?」


「本当に、嫌いだった。あれはとても嫌だった。それにそのままハイネがどこか遠くに行くのも嫌だった」


 ジーナが語るとハイネの表情から嘲るや睨みが消えていきそのうえその言葉をジッと聞いていた。


「だから止めた。無理矢理にな。それからそうでなくなるハイネを待っていた」


「それで、そのあなたの嫌いじゃないハイネは現れましたか?」


「うん? ここにいるじゃないか」


「悪態をついて嫌いだと言ったりしているのに?」


「いつものことじゃないかと」


 ちょっと間をおいてからハイネは吹き出し顔を背けた。その時にジーナは気づいた。随分と長い間見つめ合っていたと。


「ああそうですか。まぁよくわかりませんけどそれでいいです。ジーナみたいなよく分からない人の心なんて理解したくないですし。あなたがそう思うのならいいですよ、私は人が良いので付き合ってあげます、ではどうぞ」


 どうぞってなんだと言う前にジーナは俯いたままのハイネによって机の方に押された。


「なにをしているのですか? 椅子に座ってくださいよ。手紙を書くのでしょ? はい、はい」


 椅子が引かれなされるがままにジーナは座らされる。その間ハイネは顔を見せない。意図的なまでに。


 また紙面に目を落すとハイネはその方に手を乗せた。立ち上がらせないためのように。


「あの時間が無いんじゃ」


「あなたが書かないから無いんですよ。私のせいにしないでください。私は文面をチェックしもしくはアドバイスするだけの役割です。それ以外のなにものでもそれ以上のなにかでもありません。だから隠さずに、書いてくださいって」

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