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お前の顔が嫌いだ

 聞くと首筋の当てられた掌が反応し、動揺しているように汗がにじみ湿りだしたような気がした。


「なんで私が知っていると思うのですか? あなたのことですよ」


「私はよく自分自身のことが分からなくなる時があるんだ。心や言葉が混乱して何かが欠落して無であったりとか」


「……そこはなんとなく分かります。あなたはそこがおかしいですよね」


 ハイネの手の湿りは熱をも帯びて首にへばりついてくる思いがしたがジーナは離せとは言わなかった。それで、良かった。


「だから聞いたんだ。私はいくら考えてもこの喉のところで止まったようになる。ほらハイネも掌でその感覚があるだろ? もう一度聞いていいか? 私はなんと書けばいい? これはアドバイスになるのかな」


 返事の代わりか今度はハイネが沈黙の中で掌を震わせていた。


「知らないのなら、それでいいし、そう言ってくれ」


 だがそれすらもハイネは答えずに小さな震えが規則的に首に伝わるのみでありジーナは首をあげて顔を見ようともしなかった。


 その動きは知っているはずなのに教えないとジーナは見なし、もう一度言葉を試みた。


「私はヘイム様に何を言えばいいんだ?」

「そんなこと、私の知ったことですか!」


 言葉と共に衝動が首にきた。ハイネの掌が首を絞めにきたのだが、ジーナは苦しみと痛みを覚えずにそのままでいた。


「あなたがあの人に何を言おうが私には関係ありませんよ。それにあなたたち二人がどのような関係であったとしてもですね」


 首にかかる力はたぶん強いのだろうがジーナにはそれは自分への攻撃であるよりもむしろ落下していく中で思わず掴んだときのものだと何故か感じられた。


 だから振り解きはしない。決して。


「なんでもいいから早く書いてくださいよ。私にはどうでもいいことなんですから、時間をこれ以上取らせないでください。もう私はあなたに費やす時間なんて少しもないんですからね。分かっています?」


 首にかかる力が増しているが声とは裏腹に手が震えだしていることが分かった。


「ただの気まぐれの暇つぶしでこんなことをしただけですからね。表彰式が終わったらあなたは最前線に戦いに行き、私は後方で本来の仕事に復帰します。私達はそれだけの関係ですからね? あなたと色々なことをしましたがただの遊びですから勘違いしないでくださいよね。あなたってめんどくさいからこうでも言わないと分からないでしょうから、あえてこう言いました」


 ジーナは何も答えずにハイネの声を耳で聞き熱を力を皮膚で感じ、そのいつもと違うハイネの全てに対し苛立ちを覚え出してきた。


「はい、書いて。好きに書いたらいいのに、なんで書かないのですか。もうゴメンナサイでいいですってば。なんなら白紙でもいいですよ。そのあとなにが起ころうと、私には関係ありませんからそのまま渡します。だって私の前で書かないということはそういうことと見なしてもいいですもの。これはあなたは望んだことです。私に見せるぐらいなら何も書かない、と。だったらそうしてください……そうしなさいよ!」


 黒くて熱いなにかが湧いてくるなかでジーナは突然首を反り返され、見上げるその天に覗き込むように前に出た女の顔があった。


 天地が逆なうえに整っているはずなのに酷く歪んだ能面な女がジーナを見下ろしながら、言った。


「ジーナさん。もう明日からは私は来ませんからね」


 聞いた途端にジーナの頭の中は黒い火が灯り炎が覆った。


「その顔はやめろ、ハイネ」


 心が無であるのに言葉は出た。しかしハイネの表情はそのまま無感動なまま。


 酷い顔だ、とジーナは苛立ちはもう怒りでしかなく不快感に耐えられなかった・


「私はその顔が嫌いだ。嫌いなんだよハイネ」


 とうのハイネが聞いているのか分からなかったがジーナがそう言った後に、すぐ右頬にぬるいなにかが落ちて来るのを感じると、すぐに左頬へ額に、断続的に滴が降ってきた。


 雨か? とジーナは思っているとハイネの能面の表情が崩れ出しそこからまた滴の量が増えた。


 涙か、とようやくジーナが気付くとハイネは手を離し後ろへ駆け出そうとした。


 反射的にジーナはその手を掴むも振り解かれると飛ぶようにしてハイネを後ろから羽交い絞めにし、足を止めた。


「離して」


 言葉を無視してジーナはハイネを正面に向かせてその顔を見た。


「見ないで」

「駄目だ見せろ」



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