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御詫び状を作りなさい

 そう言うとジーナの顔から影が去り始めそれと共に掌に震えが一つ温もりが感じ出した。


「あなたにとって戦勲が無意味だと言うのならそれは好きにしなさい。龍のための戦いで感謝をされたくはないのなら、気に食いませんがいいでしょう。けれどもヘイムに対して良心が痛みというのなら……あれはそのための儀式だと思いなさい」


 今や完全にジーナの顔からは影が消え去り残るのは陰気でありながらも命を感じられるものの顔がそこに、その瞳には柔らかな光が宿っていた。


「ここで字を習い手紙を書いたことは、このことを成す為であったと考えるのも良いですね。何故なら幾多の偶然の積み重ねによって私がここに導かれこうしてあなたに大切なことを伝えることができたのですから。こうなったら、あとはあなたの決心です」


 ジーナは、立ち上がった。ただし頬に当てられたシオンのその両手を離さぬようにしながらゆっくりとだが立ち、言った。


「分かった、やる」


 ようやく達成したせいかシオンの厳かに作られていた顔が崩れ内面をそのまま現す満面の笑みとなってしまった。


 陰謀が成功し邪悪な笑みであるはずなのにジーナの眼にはそんな風には見えずに自然な喜びで溢れているかのように。


 だがその笑顔はすぐに消えまた厳めしい表情にもどってしまった。


「では御詫び状の作りなさい。あなたは文面を考え下書きをしハイネに見てもらいなさい。その際に集中ができるようにハイネの授業は削ります」


 授業を削る、と告げられたことにシオンは今度は喜びを内側に留めジーナの顔に動揺が広がったのを見て感情が震えとなって外に漏れた。


 この一石二鳥の戦果、ああ豆を食べ過ぎて良かった、とシオンは自らの過失を完全に前向きに捉えることに成功した。


 一方でジーナは授業が削られるということはこの恐ろしい量の宿題を消化しなくて済むし、ハイネと会う時間が少なくなることにどこかほっとしている部分もあった。


「そうだ。大事なことを言いますけど、書いたからといってヘイム様が受け取るかは限りません。また文面が良くないために謝罪を受け入れないとしたら、あなたは表彰式に出られません。どうするのかの決定権はこちら側にあります。よろしいですね」


 よろしいもなにもそうしろという命令であったもののジーナは了解の返事をし、完了する。


 シオンはここでようやく両手を頬から離すとその外気の冷たさを掌にて感じた。この男はそんなに今熱くなっていたのか? と不思議な気分でいるとジーナの右手が伸びて来てシオンの右手の前にきた。


 するとシオンは何のためらいもなくその手に自らの右手を伸ばし、同時に握った。


「今度は間違えてはいません」


 硬い掌であるのに力加減が柔らかいジーナの握手に微笑みながらシオンが答えた。


「それでこれはどういう意味でのことで」

「感謝というのはどうでしょう」

「される筋合いはありませんけど、受け取っておきます。式は明後日ですから明日中に手紙を届けます。これ以上ここでこんなことをしている場合でもありませんから私は去りますよ。ではまた同じ時間に」


 シオンは手を離し扉へと向かって行く途中でジーナが呼びかける。


「シオン、次はその、気配や足音を消して近寄らないで貰いたいのだが」


「何を言っているのですか?次こそは気づいて見せると見栄を張ったらどうです情けない。あの際の失態は二重ですからね。次こそは防いでみせるように」


 扉を開けシオンが出ていくその音、うるさいぐらいの全ての音がジーナの耳へと入ってくるなかで疑問を抱いた。


「二重の失態ってなんだ?」


 だがそれに答える声はどこからもこなかった。

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