女遊びという勉強
組み伏せられたのなら、まだよい。弾かれて構えられたのなら、かなりよく、なんだシオンと対応されたのなら、たいへんよい。
だがこれはなんだ? こうやって後ろに忍び寄って触って来る相手は間違いなくハイネだと信じて疑わぬ反応。
そうでないと気づいた時のこの間抜けな反応。
シオンは震えながら息を吸うとハイネとジーナの臭いが肺に入って来る感覚に襲われた。
「なにをしているのですか、あなたは?」
自分こそ何をしているのかは棚に上げシオンは睨みながら低い声で聞いた。
ジーナはなんと答えたらいいのか分からぬまま酷い形相のシオンの顔を見るしかなかった。一体なにが起こったんだと混乱状態が収拾せずにいた。まず気配が一切感じとることができずに背後にいたこと。しかもそれがシオンであり何故か怒り狂っていること。
これはもしかして幻か? 美形な知り合いが眉間にシワを寄せているどころか顔全体がシワを寄せて醜くなっている酷い幻覚。もしくは白昼夢ならどれだけいいことかとその恐ろしい顔つきとなっているシオンから目が離せなった。
視線を外した瞬間に頭をがぶりと喰われる、そんな予感をジーナは抱いていた。
「べっ勉強をしているのだが」
「へー勉強をですかぁ……」
シオンの表情に濃い蔑みの色がついたのをジーナは見る、なんでそんな顔をするのだと。
「いったいにここでなんの勉強をしているのでしょうね」
「じっ字だ。中央の言葉を書く勉強をしている。このことはシオンだって知っているはずだし」
「そんなの知っていますよ」
じゃあなんだその顔と言葉は、とジーナはまた悲鳴をあげたくなるもシオンの眼に宿る闇はまた広がりを見せ、その闇はじっと男を捕える。
この男は、とシオンは観察する。勉強と称して個室に籠って女をたぶらかしイチャイチャしたいがために儀式である表彰式に出たくないとかいう悪党だ。
龍への愚弄のみならず私の後輩に手を出し私の親友を蔑ろにするとか最大限の侮辱と言わざるを得ない。
一万歩譲ってこの二人が心の芯から愛し合い心が通じ合っているというのなら、私は先輩として反対したいところだがお互いの心を尊重して嫌々渋々ながらも一応は仮賛成し味方に付くこともやぶさかでもありませんでしたが、これはダメ。
あのハイネの自虐とも自暴自棄的と言える態度のままに、この男は私とあの子を間違えて呼んだ。全然駄目、お話にならない。そうこいつは本気ではなく、違う女に懸想しているに決まっている……あれ? なんでそうだと私は思うのか? シオンはまた変な気分に陥るも、すぐにそんなものは捨てた。
いま大事なことは、なによりもこいつを更生させること、その為には兎にも角にも
「ジーナ、命令です。表彰式に出なさい」
藪から棒による心臓への強打のごとき一言を放つとジーナの顔は忌々しく歪んだ。
捻じれた表情の男女が互いに見つめ合っていると空間すら歪みだしていくようであった。それに伴い当然の事だが思考も同様の形へと曲がっていく。
だから怒っているのか、とジーナは常識的に早合点した。それはそうかとそれ以上の思考にも発展させなかった。彼女はバルツ将軍に頼まれて自分を説得にきた、それ以外には何も無い。あの怒りの形相も異様な問答も全てそう、これは龍の騎士であるのだから。
ジーナは現在の感情の現象を正しく捉えることはできず理解に欠落があることすら感じずにいた。
それは同様にシオンもそうであった。
「私は表彰式に出ることはできない」
こいつは! とシオンの黒き怒りが全身を包む。女と遊びたいからか? なる品の無い言葉が腹から込み上がってきたが喉の途中でシオンは押しとどめた。酸味が口内に満ち満ち吐き出すこともできずに呑み込んだ。
こやつにハイネのことでいま説教しても仕方のないことだ。夢中になっているのはあちらでこっちを叩いたところで事態が好転するということではない。ましてや表彰式に出ないことと女のことで説教を同時にしたら両方とも上手くいくはずが、ない。拗れると。
いまやるべきことは物理的にこの怠惰で爛れた部屋から出すこと、可能な限りあの二人を離れさせる、そうすればハイネは自然と心が冷静となるだろう。
そのためにするべきことは……おおそうだ龍の威光が最適だけれど、こいつは不信仰者だ。どこまでも悪そのもの。ならばこいつはそうだ案外に権力者に弱いとみえる。龍の間での力関係さえ持ち出せば……
「ヘイム様がいらっしゃるのだから、来なさい」
それだから駄目なんだよ、とジーナは絶望的な気分に陥るも、そのことをシオンに教えることなどできないために暗鬱たる気分が表情に現れシオンは勘違いをする。
ほらやっぱり効いた、と。その表情に浮かんだ苦痛の色を見ながらシオンは心中で微笑んだ。




