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ジーナみたいな男にはあなたは勿体なさすぎです

 もう二度とは言いたくなかったこの台詞を言いながらシオンは過去を思い出すと怯えていたハイネの顔に血の気が戻り目に鋭い光が宿った。


「……姉様はジーナには他の女がいるからよしなさいと言われるのですか?」

「そうです……うん?」


 反射的に返すとシオンはすぐさま不明の闇に陥った。何だ、今の答えは。彼に女がいるですって? そんな馬鹿な、どこをどう揺さぶってひっくり返したらそんな要素がかけらほども零れ落ちるというのだろうか。出てくるのはせいぜい埃かお菓子の食いカスぐらいだろうに。


「うーんハイネぐらいですかね」

「あの、姉さま?」


 我ながらまたトンチンカンなことを言っているなとハイネの不安そうな表情を眺めながらシオンは思う。


 そう、女の影といえば考えたくもないし想像もしたくは無かったがこのハイネとの疑惑はあった。


 やけに仲が良いどころかこうして勉強をする立場となったら余計に仲も発展して……それは当然ですよね。


 しかしそんな当たり前のことをどうして今やっと分かったように感じるのだろうか? ハイネは恋愛要素が薄いとか嫌悪しているのではなく、むしろそういうことが濃いうえに好きな子とだと知っているはずなのに、ジーナとの関係を考えなかったのは何故? 私の意識からなにかが抜け落ちているとでも?


「ごめんなさい、ちょっと混乱しちゃって。話を一からやり直しましょう。ハイネはジーナとはそういう関係なのですか?」

「いいえ、違いますね」


 今度は落ち着きながらハイネは答えた。その自嘲的な口ぶりシオンには真実味を感じさせた。おかしい、この子はこういうことには嫌味なぐらい自信過剰さを見せつけてくるというのに。


「私達は姉様の想像しているような関係ではありませんよ、残念ながらですけど」


 苦笑いをしつつ答えるハイネにシオンは一歩足を引いた。これはいつもと何かが違う、と。ハイネはこういう反応をするはずがない。


「こちらから聞きたいことがあります。さっきのことをもう一度お教えください。姉様は彼と関係をもつ女が他にいるとご存じなのですか?」

「……いませんね」


 いないというのに、シオンは自分の言葉に釈然としないものを感じる。あれにいるはずがない。


 このことは私のみならずヘイムだって同意して……あれ? なんだいまの違和感は?


 あれが他所で女を作っているとは考えることが異様に不快感を味わうのはいったいなんだ?


「いないとしましてもあなたたち二人は」

「なにがいけませんか?」


 反撃にシオンの足は下がった。このことは逆にシオンはハイネに問いたかった。私はどうして彼とあなたが駄目なのだと固く思い込んでいるのだと。こんな混乱と戦いの新しい時代へと進んでいるのだから、旧時代の家柄や血筋に身分はほぼ一新されまるで違う世界を迎えるのなら、夫たるものがどこの馬の骨で外国人だろうが、英雄なら英雄として遇せられ尊重される。


 ジーナならそれは間違いなくそうなる。


 ならいいのではないか? 学生時代は旧時代の道徳や結婚観が支配的であったのだから、それに従うのが正義であり従うに足る力があった。


 だが今は違う。今はあのジーナのような力こそが最も尊いものの条件であり、そう考えるとハイネの選択は理性的に考えて間違いとは思えないものの、シオンにはどうしても肯定することはできなかった。


「それはジーナには……」


 あなたではないと感じるから、とは口に出なかった。だが他に誰がいるのだろうか? 私は知っている? そんなはずはないというのに。


 しかしその相手は確実にハイネでないとは確信できていた。


 それはあまりにも、残酷な言葉に思えて、そうハイネの眼はいま暗い陰が覆った。


 自分の言葉次第ではハイネの心を血塗れにさせ死をもたらせる、そうとしか思えなかった。


 シオンは視線を外し天を仰いで息を吐いた。なんという重い空気であったかと軽い空気を肺に一杯に入れ、心を軽くした。


「ジーナみたいな男にはあなたは勿体なさすぎです。なんです? ジーナは転んで顔面から落ちて怪我をして美形になったのですか?それともあなたが転んで頭を打って少し美的感覚が狂ってしまったか、どちらでしょうか?一分以内に答えよ」


 試験の問答と同じ口調であるためにハイネは呆気にとられるも、即座に武官学校時代と同じ姿勢をとったシオンにハイネは条件反射的に背筋を伸ばし真っ直ぐ見上げて思うがままに答えた。


「はい! それは私が頭を打ったからあります」

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