私が説得して彼を塔から引っ張り出す
篤信家のバルツなら絶対に嵌るであろう論法を用いたら赤子の手を捻るよりも簡単に信じるだろうという目論み通りの感嘆の声が聞こえた。
戦争によって全身が血塗れであるのにその中身は純白なそのものだとシオンはバルツのことをそう見ていた。
「けっけれどもこのようなことを果たしてご相談しても良いのかと」
「良いのですよ。どうぞ私をお頼りになってください」
そう私は無様に豆を喉に詰まらせ失神した女じゃないことをはやく証明させなさい、とシオンの心のそのことでいっぱいであった。
「……なにとぞご内密にお願い致します」
「もちろん口外いたしません」
豆は口から出しましたが……そうではなくヘイム以外には伝えませんのでどうぞご安心をとシオンは心の中で言い訳をした。
「ご存じでありましょうが、あの塔にはいまジーナが謹慎処分中でございまして」
ご存じではないけれど知っているように相槌を打ちながらシオンは心中でげんなりする。またあれがなにかやったのかと。
「問題を起こしたのですね」
「そうなのです。奴は表彰式に出たくないと駄々を捏ねましてそれで処罰のためにあの塔の一室に閉じ込めまして」
問題もなければここまで言い淀むことは無いだろうとシオンはそう考えつつ今度は頭を振った。なんという面倒なことを、と。
「頭が痛い問題ですね。それで最近の彼に変化はございましたか?」
「一向に出る気配を見せません。自分は受勲するに値しないとの一点張りで埒があきません」
あなたのその考えはどうでもいいことなのですよジーナ、とシオンはまずそれを思った。問題というのはそういやって閉じこもっているとあなたはヘイムに会えないでしょう、と。
そこに閉じこもってはいけない理由の筆頭はヘイムがつまらない思いをするから。それは私にとってあなたのどうでもいい意地とかプライドなんかよりも比べものにならないぐらいに大切なこと。
「よく分かりました。私が説得して彼を塔から引っ張り出して表彰式に出席させます」
塔などこれ以上みても仕方がないため頭を振り返りながらそう伝えるとバルツの顔が喜びでいっぱいとなった。
「それは助かります。こうなってしまうともう我々の方ではお手上げで。力づくだとあいつは絶対耐えるし脅しには屈しないしで、シオン殿のように理性的な説得をしてくださればあいつもきっと転ぶでしょう」
理性的ではないでしょうが、とシオンは勢いよくベットから飛び起きた。自分はいま過労で倒れた華奢な娘さん、な設定などもういいやとばかりに床の上に立ち背伸びをしながら首を捻った。
「そういえばハイネとルーゲン師はここにいてそのことを知っているのですよね? あの二人はなにをしているのですか?」
凄い元気になっているシオンの動作にバルツは不思議な思いをするが同じく首を傾げた。
「それがそのですね、こちらも依頼したのですけどルーゲン師は難しいですねと投げられてしまい、ハイネ殿は頑張りますが欠席の可能性も考えてくださいともう半ばあきらめ気味で」
二人そろってどうしたのか? とシオンは訝し気に思った。そもそも手紙にはそのようなことは一切書かれていないし、今日この時にこの場に自分が居なかったらその情報は得られなかったのでは、とも。
実際会ったら話したか? そういうことはなさそうだとしたらあの二人はこのことを伏せて当日に望もうとしたのでは? では何故そのようなことを? ジーナは表彰式のある意味では花形の一人となるのだということ分かっているというのに。
バルツの行動は理解できる。身内の恥を隠そうとするも欠席ということが現実的となってくることに耐えられずにこちらに助けを求めてきた。だがあの二人は隠し通していったい何をしたいのか?
一つの疑惑が次の疑惑に繋がり大きくなり暗雲のように心の中で立ち込めるとシオンの心は引き締まった。
「まぁ各々の思惑やら事情があるのでしょうが、何よりも優先しなければならないことは儀礼的なことです。だいたいそんなことを言って出席しないなんて龍身様に失礼ですよ。あなたは龍よりもお偉いとでもいうおつもりですかと」
「その通りです! 龍身様に申し訳が立ちません」
シオンのシンプルかつストレートな言葉にバルツは大いに同意する。
「夕方まで時間があるのですからこれは彼の説得へ用いましょう。私が倒れたのも将軍がお見舞いに伺ったのもふと窓から塔を見たのも、全ては龍の御導き。そうことなのです」
バルツは感激しきりに頷きシオンもそう語れば語るほどに自己暗示っぽくなり自分でも豆袋の失態はむしろ善きことであったと思い込み始めていた。
このジーナが出ないという問題を解決できればあの醜態の意味が変化する。そうと決まればとシオンは足早に塔へと向かい出した。




