これは龍のお導き、絶対に
豆を喉に詰まらせ気を失ったシオンを乗せて馬車は野を越え山越え谷を越えるその手前にあるシアフィル砦に到着した。シオンは病に倒れたという設定で医務室に運ばれて治療を受けることとなった。そういう体裁にしなければならない。
「そのようにおやつれになられるぐらいに急いできていただき感謝いたします」
ベットの脇でバルツが慇懃に頭を下げシオンは恭しい動作で返礼をする。若干弱々しい演技を添えながら。
「こちらこそ将軍自らお越し下さり恐縮しております。それにこのようなことは大したことではございません。
よくあることですからどうぞご心配なく」
その言葉に人の好いバルツはシオンの思惑通りに、連日連夜の激務で疲労困憊なのであろうと勝手に推測をしたであろう表情を顔に浮かべた。
まさか豆の食い過ぎで倒れただなんて生涯気づくこともなく、また気づく必要もないだろうし。だがシオンにはなんとしてでも隠す理由だけがあった。
気怠そうに溜息をわざと流すとバルツはまた頷いた。よしこれでもう大丈夫だ、とシオンは安心し以後普通に接することとした。疲れるふりをするのは疲れるものであるのだからもう必要以上には、しない。最初に印象づけたのだからあとはその瞳に私は自動的にそう見えるのである。
「会談の件は申し訳ございません。私がもっとしっかりしていれば予定通り行えたのに」
「いやいやお構いなく。龍身様らも長旅の疲れから今日は軽い視察を行うと予定の変更と致しましたので順番の前後を変えれば問題はありません。それよりもシオン殿のことが龍身様もとてもお気に掛けていらしまして。重い病でなければいいのだがと心配なされておられて」
あの女……何もかも全部知っている癖に白々しいことをしてからに。
シオンは憂鬱そうに首を振るとバルツはまた心配が募った。
いつも気力に溢れているシオン殿がこのように疲れているとはお気の毒に……また人の好い勘違いをしながらシオンの様子を見ていると、視線が窓へと移り例の塔へと目が向いたのが分かった。それを見ては駄目だ、とバルツは心の中で叫んだために声が漏れた。
「あっ!」
むっ、とシオンはバルツの間の抜けた声を聞き考える。
今のはなにか不味いものを見つけられたなという声に違いない、たまに自分が出す声に似ているからまず間違いないだろう。
「……バルツ将軍」
低く小さな声による問い掛けで揺さぶってみるとバルツの動揺が背中越しで伝わってきた。何ひとつわかっていないというのに。
「いや、そのことは、その」
「小耳に挟んだ程度です。事が大きくなる前にどうぞ私にお話しください」
その特には小さくもない耳は何も挟んでいないしその事が小さいのか大きいのかすら分からないものの、こうわかったふりをしつつハッタリをかましたらどうなるのかなとシオンの心は躍り始めた。
「しっしかし、いくらシオン様が関係者であられましてもあのようなことをお話するのも」
ほら釣れた、結構でかそうな案件そうですねとシオンは窓ガラスに朧げに写る自分の笑顔が不気味だなと自らおののきながらバルツの言葉を聞く。
「そうであるのなら、私は是非ともそれに関わらなければなりませんね。これも何かの縁、というよりかは私のこの失神もこの問題を解決せよとの龍のお導きかもしれませんよ」
「おお!」




