私が悪いとでも?
ハイネの間の抜けた問いに答えにジーナは苛立ちを覚えた。
「何か言おうとしたからだと」
「だからそれはなんですか?」
ジーナはいったいこれこそなんだと思うも、改めて考えてもみた。
ハイネが言おうとしていたのは果たしてあの言葉であったのかと?
それはただの勘であり思い込みであった可能性もあるものの、ジーナは首を振って思い直した。
それは有り得ないと。
「言えないが、それは私も言えないことだったから、ハイネにも言わせてはならなかった、そういうことだ」
言葉には無反応のままハイネは紙を拾い終わり山に戻し、今度は今日の勉強の成果を確認しだしながら聞く。
「何を言って言うのかよく分かりませんが、だからってああやって塞いでいいのですか?」
「両手が塞がっていたから」
「それ、言い訳です」
ジーナは言葉に詰まるとハイネの背中が嘲笑しているように揺れた。
「だったら離せばよかったじゃないですか。というか強く握っていたのはジーナですよね」
「ハイネの力も強くて」
「馬鹿なこと言わないでくださいよ。女の私があなたより握力が弱いとかありえっこありませんって。いいですか? あれは全部あなたの意志で行ったことです。しかも三度も」
重い沈黙が場に降りジーナは立ち尽くしたままハイネの背中を見るしかなかったが糾弾するその背中から、また矢が飛んでくる。
「へぇー謝らないのですね。すぐに俺が軽率だった許してくれと言うかと思いきや、だんまり。自分が悪いとは思わないから謝らないと受け取りますよ。となると、あれ? もしかして私に非があると? 私の方が悪いとか思ってません? 原因この私だと、そういうことでいいのですか?」
そうだよ、と言うようにジーナは反射的に頷いた。ハイネの方が悪いことをしようとしていたと感じていたが、我ながら自分のこの動作に驚くもジーナは安心もしていた。何故ならハイネは振り返っていると思いきや振り返らずに背を向け続けている。だから見てはいない。
「いま、頷きましたよね」
指摘に心が飛び足も一瞬浮いて無事着地した。どうやってその姿勢で見たというのか? その後頭部に目でもついているのか? そうかもしれない……そうであってもおかしくはない。
「振り返らなくても見えますよ。あなたはそういう人だって知っていますから、いいですよジーナ誤魔化さなくても。でもわざわざ男を下げるようなことだけは言わないでくださいね」
また静寂が訪れハイネの紙をめくる音だけが辺りに響き、だんだんと大きくなっていくなかでハイネがごく何気ない調子で聞いてきた。
「他の女の人にいつもこういうことするんですよね?」
「するわけないだろ」
素早く答えると素早く返って来る。
「何ですかその言い方は? するわけないだろ、って現に私にはしている癖に逆に怒ったような言い方して。すると私にならそういうことをしていいと、そう軽く見ているってことですよね?この女は男友達が多いしこういうことをいつもしているんだろうな、と」
「違う、ハイネはそう見ていないしそんなことをする人なはずがない」
意識が転がり落ちていくようにジーナは深く考えることができなくなり始め、心の今そこにある感情と言葉だけを出さざるを得なくなってきた。それもずっとスピードを速め転がり落ちていく。
「あーそうですかぁ。でもそう見ている割りには、やることは正反対なんですね。そう思っているのにあなたは私にやる。自分がやる分には許されるとでも勘違いしている。大いなる勘違いさん」
紙をめくる音が妙に大きな音を立ててジーナの耳に入り、剥き出してささくれ立っている心に当たり痛めつけ、苛立ちを募らせていく。そんなことはやめろ、とジーナは強く思う。そんなことは今やることではない、とハイネの背中を睨み付ける、
今することは、と思い浮かぶことはただ一つ、私を見ろということで……だがどうして?
「だったら私も他の人にやろうかな。あなたがしたことを私から誰かに頼んで、三度繰り返して」
「駄目だ」




