こいつはまた人の心を読んでくる
ブリアンは首を捻る
「俺達はこう可能性の話をしているのに有り得ないの一点張りで会話になってねぇ。前々から気になっていたけど誰も聞かねぇから俺がここで聞くけど、なんで隊長ってハイネさんのことを呼び捨てにしてんの?」
「お前はちゃんづけだろう。これはあっちがそう言えと」
ブリアンは酒を吹き出しノイスを咳込みしばらく何かに堪えているように震えていた。少しすると呼吸を整えながら二人は見合わせ軽い打ち合わせをした。
「そうかハイネさんってなかなかに頭は良いな」
「少なくともジーナ隊長がどのような人物かはよく把握していますね」
ひそひそと何やらよからぬことを相談する声のトーンとなりジーナは不安となった。まるで自分のあずかり知れぬところでなにか陰謀が進展しているように。
「ここは論点を変えますかね。広い視点から見させれば納得してくれるかもしれない」
「ここは搦め手でいこうか、よしそうしよう。あのよ隊長、例えばの話だ。隊長が門だとする」
「私は門ではないぞ」
「黙って聞いてくれよ。その門を攻略するに際してはさ、真っ直ぐ正面からぶつかったとしたら、隊長の非論理的かつ理不尽な強さの前に誰もが弾き飛ばされるよな? あんたはやるといったら頑としてやる男だ、そうだろ」
どんな話をしようというのかよく分からないままジーナは同意を告げると、ノイスが左右の手を机の上に這わせ左右に散らばらせた。
「そうでありますからその門をいきなり攻撃対象にはせずに攻撃しやすそうな箇所を攻め、周囲を囲みまたは裏門を攻める。これが基本的な動きでしょう。つまりはジーナ隊長を攻略するとしたら、自らの有利な状況を作りだしていく方に力を入れた方が良いということです。そうですよね?」
「……うん、もっともだな。自分で言うのもなんだが強い敵にわざわざ正面から挑んで倒されるのはあまりに芸が無いだろうし」
机上に指を這わせているノイスの手が大きく飛跳ね椅子に移動した。
「そこまで考えるのなら敵は囲むと同時にジーナ隊長の意識の外の大切なものにも手を伸ばすでしょう。たとえばそうバルツ将軍に」
バルツ将軍? その名を聞くとジーナは脳内回線は即座に繋がりだした。そういえば最近のハイネの話では。
「ハイネさんとバルツ様が最近会談の頻度が多くなっているということにジーナ隊長はご存じでしょうか?」
そうだ多くなっているしハイネの口から出るバルツ将軍の名がよくあがるが、それは仕事で。
「もちろん二人とも上役でありこれからの方針などについて大切な話し合いがあるだろうが、そんなのはごく普通なことだ。問題は隊長、あんたのことでよ、バルツ様はああ生真面目一徹の紳士だ。奥様のことはもとよりご婦人方にも親切なのだが、裏を返すとこれは紳士でない男は嫌いだということだ、分かるか隊長?」
分からないもののジーナは想像をする。よく知るあの二人が会合し議題が一段落ついた時に出てくる話題は共通問題である、自分ではないかと。
例の分からず屋はどうしていますかな? 黙々と勉強をしております。それを自らの懲罰に架しているかのように。でもご安心を。あれは一つの信仰心の現れです。あの御方に向けてのお手紙のための修行ですもの。なにとぞ寛大な御心で……
「これは要するにですね何も犠牲を払って門を突破できずともあの手この手を用いれば中の人が降参して負け戦ってことです。ジーナ隊長を陥れたいのなら、中の偉い人にこう言えば良いのです……聞いてください私はあなたの部下に誑かされたのです、と」
ノイスの声色はジーナの耳にハイネの声として入り頭の中でバルツの怒声が響き渡った。
なんだと! 親切心につけ込んであいつがそんなことをするだなんて……いつかやると思っていたものの許せん! このまま逮捕で公の席で裁いてくれるわ。
「社会的地位や公的な人格や評判を鑑みましたら残念ながらハイネさんの方がジーナ隊長よりも遥かに上にあり、そのためにでっちあげて訴えを起こすというのは誰も思わずに誰もが真実だと思うでしょうね、ただ一人以外は」
こいつは人の心をまた読んでいると完璧な思考の続きを口にするノイスに恐怖の一瞥を与えると彼は微笑んだ。無機質的に。
「まぁよ、とにかくだ、隊長はハイネちゃんに優しくするんだな。それ以外何もしなくていいぜ。キルシュもそうだけど大抵の女は男にそれを期待してるんだからよ。だいたい強さ以外なにも持っていない隊長なんかはさ。女に提供できるものなんて何も無いのに良くしてもらってんだから、それぐらいだそうぜ。心がけ次第なんだからよ」
「ブリアンの言う通りで優しくだけすれば他の全てが許される男というものも存在します。いまのジーナ隊長はその存在になりつつあるでしょう」
正直最低な存在だなという言葉をノイスの前であるから呑み込みジーナは乾いた笑い声をあげた。今の心の声を読んでいるようなノイスの顔から目を背けながら。




