こんな呑気な刑罰が未だかつてあっただろうか
何とも奇妙な罰であるとルーゲンは思ったが、すぐに考え直した。さすがは彼をよく知る将軍だと。
「罰を与えたらその罰を受けて欠席が許可され、監禁したら出てこないことで欠席と彼は必ずそっちを選ぶということで敢えて何もしないのですね」
「そうだとも。何もしないという罰を奴には与えているのだ。特にあれは仕事や訓練が好きだからな。それを取り上げるのが一番に辛かろうに。それとてこれで一週間近く経つが、まだめげん。毎日差し入れやら話し相手が来るのがいけないのだが、これを禁止させたら罰になって奴は満足する。出来る限り自分は何にも貢献していないしごくつぶし状態を自覚させて罪悪感を抱かせなければなるまい」
こんな呑気な刑罰が未だかつてあっただろうか、とルーゲンは心中で首を捻るがバルツは大真面目である。
この人はこういうことで冗談はやらない、本気なのである、本気でこれでジーナが参ると信じているのだ。
二人とも狂人系であるからもしかしたら……
「なにも俺は難しいことを言っているんじゃない。龍身様の前に出ろと、それだけしか言っていない。なのにあいつはめんどくさい事ばかりしてからに。それでですねルーゲン師。どうかあの馬鹿垂れを説得して下さらないか」
何杯めかの酒をあおりバルツは頼んだ。
「僕で良ければ喜んでお受けいたしますが、今のところ僕の見立てではこれは反抗期というものですよ」
反抗期! と興味津々に目を突然輝かせながらバルツがルーゲンを見つめてきた。恐怖でもある。
「将軍にお聞きいたしますが、彼の心に龍身様への敬虔は芽生えていると感じられますか?」
「感じるとも!」
一線を超えているもの特有の恍惚とした声と表情でバルツは答えた。酒によって頭もキマッているなぁとルーゲンは観察する。
「あの完璧な無信仰者が龍の護軍の一員として戦い続けるにつれて龍の恩寵に触れて信仰心が芽生える……これは今までに例はございませんが、理の当然と言うものでしょう」
「理である!」
今は何を言っても信じてくれるから助かるなとルーゲンは優しい気持ちになった。
「つまり幼年期から少年期に親の愛を感じ感謝している状態であったものがここで反抗期が入ります。自分を慈しむ親の愛に対してどうしてか無意味に抗ってしまう心理、将軍も心当たりがございましょう」
「ふむ。親の心子知らずというやつだな。俺だって経験があるし逆の立場からの経験もあるが、ジーナはその状態にあるのか?」
「その通りでございましょう。龍の御心に触れ自覚するにつれてどうして自分は龍への敬虔心を抱いてしまうのか! と今まで否定してきた分が自分に帰って来て彼は自家中毒を起こしているのです。本当に無信仰者であるのならですね何のわだかまりもなく表彰式に出ますよ。賞品がもらえるのですから。ですけど、ここまで頑なな拒絶は逆に信仰心が芽生えていると考えても良いんではないでしょうか?」
「そうか。あいつは馬鹿みたいに真面目で正直者だからな。自分にはその資格はない、というのはあんなに無信仰を強調したのに今更信仰に芽生えたということになったらどこか恥ずかしいのかもしれんな。よって恩恵は受けんと……実にあいつらしいわ」
やはり狂人同士のロジックへの共感理解力は違うなとルーゲンは変な感心をした。
「本当に信仰に目覚めていないのならそこは龍身様もお気づきでしょうけれど、そのことについてどのようなお言葉をいただきました?」
「龍身様からの報告ではたいへんに良い子だとお褒め下さった。ありがたいお言葉だ。あんなどうしようもない奴に気を遣っていただいて。確かにこのことから考えるに、信仰心はあるにはあるが隠すという段階なのであろう。そこを上手いところ良い方に導けば」
「彼は出席するということですね。しかしそれはかなりの困難が予想されますが」
ルーゲンは立ち上がり首を回した。
「とりあえず僕にお任せください。もう日はありませんができる限りのことは致しましょう」
「どうか、頼む」
深々と頭を下げるバルツを背にしルーゲンは部屋を出て階段を降りていく最中にちょっと罪悪感を抱いていた。
出来る限りのことをする、か。その出来る限りというのは限りなく少ない癖にあのバルツ将軍の頭を下げさせて、ろくでもないやつ、と。
塔はおかしな位置にあるのか意図的に入り組んだ道順に従って歩いて行くと行き止まりやら何やら迷路じみていた。まるで誰かの複雑怪奇な思考回路のよう。
これは、と途上に立ち考えていると前方より見知った顔のものが現れこちらに向かって来た。あれはたしかジーナ隊の隊員の旗手でアルという南ソグ少数民族の一人で……