私も好きですよ
その手は首に何かを塗り込ませ染み込ませる動きであり、濃厚な香りが首から昇ってきた。ハイネの香り、ではなく香水の、ハーブ系な何かが。
「なかなか良いものですよねこれ。この前に出入りの商人から買ったものですけれど」
「それはそうだが、こういうのは男もつけるものなのか?」
「まさかジーナは自分が良い匂いを出しているとでも言うのですか?」
振り返るとそこにハイネの顔があり瞳は夕陽の色となっていた。いつも何かが起こる色。
「もしかして問題のある臭いがするとか?」
ジーナが聞くとハイネの顔が近づいてきた。瞳よりも鼻が前に見えたと思ったら鼻頭同士がぶつかりそれから額までのぼり吸い頭へ髪まで上がっていく。
そこにあるものとは一体何か? ジーナはわけのわからぬままに吸い込まていくに任せ、終わったのかハイネはジーナの髪に手を撫でつけながら失笑した。
「つけた方が良いですね。これだと世間一般的にはちょっと」
「なんだその言い方は。だったらハイネが臭いと言えばいいじゃないか」
「私は優しい女なのでそんなことは言いませんよ。私なら耐えられますし」
「女は俺によくそう言うな」
薄笑いから真顔へと変わるハイネを見ながら男はおかしな気分となった。なんでいま、こんなことを言ったのかと。すると後頭部に手が添えられ引き込まれると頭頂部に何かが当たる。
呼吸によってそれが鼻と口でであることが分かり同時に熱が吐かれ吸い込んでいく。何度も静かに熱く。
「良い匂いですよジーナ」
囁きであるのに天からの降りてきた声のように頭から心に直接聞こえた。
「うっ嘘だ」
「はい嘘です」
だが呼吸は再び大きく吸われ、吐かれなかった。
「けどこう言わないとあなたは怒るんでしょ?」
「怒りはしない」
後頭部を支えるのが手から腕へと変わり強く力をいれながら頭頂部の顔も深く入ってきた。一つになるようとするように
「いいえ。怒って困らせて我慢させて、あなたっていつもそういうことを相手の女にさせてきたのではありません?」
「そう、かもしれない」
言うと腕が緩み顔が離れ同じ目線に位置にハイネが降りてきた。
「嫌でしたよね? お返しに私を吸いますか?」
濃い夕陽をジーナは見ながら誘いに無意識のまま応じ、ハイネの頭を抱き呼吸をした。長く息を吸い込み、ハイネを肺で満たし膨らみきってもまだ吸い込もうとしていた。
「アハハッ吸い込んで食べる気ですか?」
口と鼻を離し宙に向かって息を吐いた。可能な限りに静かにゆっくりと長く終わりなく。
「あんなに嫌がっていたのにじっくりとやりましたね。ご感想は、まぁ聞くまでもありませんか」
髪を手で整えながらハイネが尋ねるも聞くまでもないとはなんだろうかとジーナは疑問を抱く。
「ハーブの匂いがしたな」
「だから、なんですか」
ハイネは横目で見ながら言った。
「そんなのは分かっていますよ。そんな分かり切ったことなんかはあなたが言うことでも私の知りたいことでもありません」
横目で見ていた瞳が逸らされ前を向いたように見え、ジーナは怒りにも似た感情が腹に湧いた。
「感想をですね、心を語り合うのが、会話ですよ。でもあなたはそうは言わない。知っています。だから、聞くまでもありまえせんと言ったんですよ。分かりましたか?」
分からない、と男は思い、だから分かっていることを言った。
「好きだな」
ジーナがそう言うとハイネの身体は固まった。動かない。動くのを堪えているように微動だにせずに佇んでいた。
聞こえなかったのかなとジーナは考え間をおいてから今一度同じ言葉を伝えた。
「うん、好きだ」
「ハーブの……」
小さな声で返事が来た。そうハーブのことでとジーナは思うと、またハイネが黙った。
このハーブの香水は好きですね、と頭の中で途切れた言葉を繋げていると、ハイネがいつもの声で言った。
「私も、好きですよ」
そうだな、とジーナは心のなかで呟くと、どうして聞こえたのかのようにハイネが引き取った。
「そうですよ……そうだジーナ!」
ハイネは声をあげながら身体をターンさせジーナに接近する。顔が上気しているように見えた。
「あのですね、せっかくなので好きと言う単語を教えてあげます。いいですか、こう書きましてね……」
教えられるもしかしジーナの頭はぼやけてその字が頭の中に入っていかなかった。