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『ソグ山の決戦』

 私はようやく正しきものとひとつになれた、と男は恍惚感のなかで戦い続けた。


 龍の皇女を戴くシアフィル連合は中央軍の攻勢に対して南へと撤退を繰り返し続けていた。


「これは撤退ではなく攻勢後退中だ!」とバルツは兵たちに伝えていたが男はそんなことは気にせずに常に最前線にいた。


 眼の前は無人の草原、そこからやがて迫りくる敵勢の姿、これしか男の眼には見えず、その中で金色の瞳は輝いた。


 無限に戦い続ければやがてそこにたどり着き眼の前に龍が現れると信じ、いつかは龍の前に立てるのだと信じ、男は剣を振るい続ける。


 それでも軍は戦いには勝てずに撤退に継ぐ撤退により東南のソグに向かっていく。負け戦続きであるはずなのに兵士の士気はまだまだ衰えてはおらずに、これはバルツの作戦だと信じているようであり、また自らが戴く龍の正統性に疑いが無いようにも見えた。


 自分達がこのまま敗れるはずはない、最終的には勝つのだと、男にはその根拠のない自信が好ましかった。それは自分の心にも通じるものがあった。使命の内容が正反対であるというのに。


 ソグ山の砦を巡る攻防戦も撤退に決まり最終絶対防衛ラインであるソグ山一帯の戦いとなった時、バルツは各隊の隊長、その頃には男はもう自隊の長となるぐらいには力を認められていた、を天幕に呼び決意の一言から始めた。


「これ以上の後退は一歩たりとも、ない」


 そこに絶望的な声の響きが無いことに各隊の隊長らは心中歓喜に震えた。男も同様であった、やはりこの男は持っている。


 具体的な話はこうであった。ここまでの後退は龍の側近であるマイラ卿の案でありそれをバルツが実現させてものであった。


 つまりはシアフィル連合単独では中央軍の攻勢を正面から戦って打ち倒するのは不可能であるため、戦いつつ後退し敵の戦力を削り続けてこのソグ山まで引きずりこむ。


 これはいわば漸減作戦であり引きずりこみソグ山にて一大決戦を敵に強要させる、そういう構想が元での作戦であった。


「ソグどころか我々の陣営の兵力全てがここに集結する。一兵たりとも後ろに残さず、ここ前線にて戦う」


 あまりにも大きな運命の瞬間の訪れの予感を前にして一同がその言葉の一言一句を心に刻んでいる最中に、ソグ僧が天幕の中に入りバルツに手紙を届け見て微笑んだ。


「朗報だ諸君。ルーゲン師の献策である『龍戦』宣言に中央が応じ向うも宣言したとのことだ。ハハッ無様だなあのような偽龍に相応しいわ」


 西方からの人ということでなにくれとなく男に世話を焼いてくれたのがルーゲンであるが、

 その献策の龍戦とはかつて古の龍の始祖の故事に倣ったものであるという。


 これは自らが正統であると全国に主張する宣言であり、始祖はこれを行い勝利したことによって前回の戦争の正統性を得たとのことである。


「奴らはまさかやるとはと思っただろうな。愚かにも自分たちが絶対的な正統後継者であると信じて疑わなかったのだから。もっとも向うにはこの宣言に精通しているソグ僧はいないだろうけどな。だがこうしてこちらが先んじて宣言してしまえば、もうお互いに引き下がることはできない、おっともう一通があったか……ありがたいことだ。諸君、中央の龍の護軍、いわゆる近衛軍がソグ山に進軍してくるとのことだ。文句なしに最精鋭であり中央の要だ」


 その名が告げられるや場に緊張感が走った。まさか近衛軍が来るとは中央もこの戦いを決戦と位置付けていると。


「加えてこれまで戦い続けてきた追撃軍も加わる。決戦に相応しい敵戦力でありこれをこの地で覆滅させることができたなら、今後の戦いは劇的に変わる。形勢は完全に逆転する。そしてそれを我々は出来るのだ」


 水を打ったように場は静まり返った。バルツの声と言葉によってさっきの湧いた不安はどこかに消え去っていく。それはその言葉を聞きたく求めていたからかもしれなかった。


「この地にて我々は最も有利な場所にて戦える。今までと逆だ。補給もろくに届かず敵が優勢な地にてよくぞ耐え抜き負けなかった。そうだ我々は負けてはいなかった。この地にてこうして到着させてしまったやつらこそが、逆説的に負けて敗北に向かっているのだ。これまでの戦いは敗北でも無駄ではなかった。その苦労も傷も仲間の死も勝つのだから我々は勝つのだ、この勝利のためにここまで血を流し信仰を捧げたのだ。そう龍身様も遠くにおられずに、我々の後ろで儀式を行ってくださるようだ。万が一突破されたら運命を共にしてくださる、その御覚悟で……」


 運命を共にする? 龍になる前に、死ぬ……可能性があるというのか?


「龍が死ぬだと?それは許されない!」


 男は反射的に立ち上がり叫ぶと皆の困惑が伝わる視線が集まるのを感じつつ前方からは温かい眼差しを感じた。バルツの瞳が慈愛の輝きを帯びているように見えた。


「よくぞ言った末番隊隊長ジーナよ。いやジーナ隊のジーナよお前の隊が最前線だ、これを」


 バルツは腰に下げた剣を外し男の前まで進み、与えた。一同は声をあげることができずに目を見開いた。その意味することを。バルツの象徴とも言える剣を。


 男も男で剣をさほどありがたいといった態度をとらずに受け取り頭を下げた。


 それはある意味で見慣れた様子であった。どれだけ功績を讃えられても、決して喜ばないこの西から来た男。信仰心のない異常な存在。


「俺の代わりにそれを最前線にて使ってくれ。年季は入っているが斬れるぞ。それと龍の旗もお前の隊に持たせる」


 今度は一同は総立ちとなる。栄えある第一隊のみが掲げられる『龍旗』。それをよりによって懲罰隊という罪人の隊にしかも率いているのは西の無信仰者でありそれを篤信家である将軍が授けるとは。


 しかも予想済みとはいえやはり男は感激の表情を見せずかえって迷惑そうにしているのも一同は首を振った。なんでこいつに……


「はぁ、ありがたくお受けいたします」


 感情のこもっていない声であるもバルツは大仰に頷いた。


「それとお伝え致しますが、このような旗があろうがなかろうが、私と我々はいつもどおりに最前線にて戦います。敵の出鼻を叩き潰しそのまま殴り続ける、それが我々の隊の使命でありそして流れる血で以って隊員の罪は浄化され、栄光に浴すことができる。そういうことであり、また私の罪である無信仰もまた許される。そうですよねバルツ将軍」


 そう聞いてみたものの男は分かっていた。私の罪だけは決して許されないだろうと。



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