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『龍への不信仰を認めよ』

 馬車はさらに東へ進んでいく。向かってくる避難民とは逆方向へ進み、目的地に近づいたと分かったのは遠くから兵隊の姿が見えたことだった。


 男は準備をしていたアリバの旗を立てた。気づいた兵たちが近づいてくると男は大声をあげた。


「アリバ商会のものだ。担当のものに会わせてもらいたい」


 呆気にとられる兵隊の中から現れた上官姿のものに素早く紹介状を渡すと目を丸くしながら走っていった。


 兵隊たちに案内され天幕のなかに入ろうとする前に男は陣の雰囲気から現在この軍は相当の劣勢であると感じた。


 前進をしているのではなく後退に継ぐ後退を余儀なくされている状況。それでも、と男は安心している。軍の士気はまだ地には落ちていないことは分かった。


 今はこうでも次の戦いでは勝ちそれで駄目ならその次の戦いで、と強い気合いと固い信仰心が伝わってくる。


 それは噂の狂信者であるバルツの性格が反映されているためであろうことから、さらなる兵力の増強を図っていることは確実なため、自分は今が最大の売り時だろうと男は判断し心の中で苦笑いをする。


 この思考はアリバのであるな、と。


 商人と対応する顔馴染みの担当官が入って来て挨拶をしようとするとその後ろから大きな初老の男が現れた。


 その場の空気が一変する存在感と雰囲気、鷹のような眼を一目見て男は分かった。バルツが、あのバルツ将軍が直々に来たと、だが何故? 疑問を抱きつつも挨拶をしようとするとバルツは手で制し睨み付けてきた。


「前口上はいらんぞ。何を持ってきた? 俺に売りたいものは何だ?」


 単刀直入であり乱暴な言い方であるがそこにあるのは焦燥感だと男はバルツの言葉からそう察した。この悪化している戦局を挽回する手段は何かと日夜考え藁にもすがる思いで手あたり次第手を尽している時に、アリバの馬車が来た。


 それを救世主と見たのではないのか? そうだとも、そうだ。お目が高い。その勘の良さは名将に値するだろう、と男もまたバルツの方へ進み、答えもバルツに倣い真っ直ぐに差し出した。


「商品は戦士であり、売りたいものはこの私です」


 見据える刃のような瞳はより険しく輝き眼の前にいる男の全てを見渡した。きっと足の裏まで見透かしたであろうその眼光で男は安心する。この人なら見誤らないだろう、と。バルツは担当官の名を呼ぶとこれもまた心得たものか、知っている限りの男の戦歴を語りだした。


 アリバから何度か聞いた話、砂漠越えから盗賊たちとの戦い等々からの彼は誰にも負けない勇敢な戦士であったいう類の、自分にとっては何の価値もないそれどころか誇張も含まれた出鱈目に過ぎない愚にもつかない話を。


 だが男はそんなことを口には出さずに黙っているとバルツもまた無反応なまま終いまで聞き終わると、無感動に尋ねた。


「傭兵ということだな。だがな現実の戦争でそういった類の武勇伝における勇者が楽々と活躍できるようなものとは違うぞ」


「御心配なく。いかなる戦いにおいても私は貴軍のどの戦士よりかも強く、また東の中央の戦士よりも強いでしょう」


 何故なら俺はお前たちの信仰対象を砕く存在なのだからな、と男は微かに金色となった瞳をバルツに向けた。


「ほぉ……相当な自信があるのだな」


 怒りを滲ませながらバルツは睨み男は目を離さなかった。担当官は二人の真ん中で相互の顔を見て慌てたが、案外穏やかな空気の雰囲気であるのが不思議であった。


「私はあなた方の龍を中央へお連れする手助けを致します。いえ、これは私の力がなければできないことでしょう」


 そうだ、とバルツはポーズとして見せている強面を外したくなってきた。一方のバルツは内心では息を呑み、神秘的な感動に震えていた。それを我慢しているのだ。


 入った情報では西の砂漠地帯で霧が発生し砂が固まり道となっているという信じられない情報が入ってきているが、そこから来たのがこれだというのなら、もしかしてこれは大いなる力の導き、そう龍の力の導きなのではないかと。


 つまり龍は一人の戦士をこの地に遣わすために霧を発生させ、我々のもとに届けてくださった。我らの苦境を救うひとつの手段としてこれを……と、こんな風に思う信仰深いというかもはや狂信的なバルツは男の無礼な態度なんてどこか知らないところに吹き飛び、龍に感謝するために跪きたくもなるがそこは堪えた。


 まだそうだとは決まったわけではないのだから、とりあえず態度など関係なく試してみようと。


「……まぁそこまで言うのなら雇うこととするが、条件は何だ? まだ功績の無いものだから優遇はしないぞ」


「いや、条件は多々あります。まず優遇は結構ですのでそのまま一般兵のしかも前線に立つ隊に配置させていただきたい。前線の前線、最も先頭に立つ最前線に」


 声も上げず足も反応させず眼も離さなかったもののバルツの心中はたじろいだ。こいつはいったい何を言っているのだ?


 自分から一般兵にさせろと言いわざわざ死地に立たせろと、はじめに死なせてくださいと、まさか西からわざわざやってきた自殺願望者なのか?


「希望するのならそうしてやるがお前はそこがどのような位置であるのか分かっているのか?」


「分かっております。そこはあちらの龍に最も近いのと同時にこちらの龍から最も遠い場所、そうですよね。ならば私はそこに立たなければなりません。私は、その為に、ここにやってきたのですから」


「龍よ……」


 バルツはついに呻き声をあげ足を揺らした。このものはやはりあなたが、と増々目を強く睨みつけていると男はさらにもうひとつのことを要求しだした。


「要望の最後は私が龍に対して無信仰であることを必ず認めて頂きたい」


 衝撃とともにバルツは仰け反り視線を逸らしそのまま天を仰いだ。


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