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『僕は君を選択する』

 語りは今日へと話しを急いで進めた。俺は全部を知っていると告げるために。


「途中でシムと出会い彼女は俺の名を久しぶりに呼び重大なことを教えてくれた。治療には効果がなくジーナの眼は見えず身体は毒に蝕まれているということを」


 言葉は震えずに言い続けることが男にはできた。男は信じていた、たとえそのような状態であろうとも、お前は、ジーナは、立ち上がり旅立つと。闇の中は静かである。だが死は感じはしなかった。


 そうだジーナは死なない。俺が死なせてなるものかと。語りは薬房に入り部屋を開け今ここへと移った。実態と意識が限りなく一つへと移り変わり肉薄をしてきた。


「力のことで説教され上着は拒否られるも君は臭くないとも言われ今日もまた非常に分かりにくいことを言われたものの、その償いか不明だが珍しくこちらの方が先に語りをはじめ、今ここでこうして語ったことを書きとめている。あとはジーナの言葉を待つ段階へと入る。いまおれは奇妙な感覚の中にいる。過去から今へと向かって聞き続け語り続け、こうして完全に今と語りを一致させようとするも、時は進み一致などはしない。生きている限りそれが当然であるのなら、では死なら一致するのだろうか? その手前で終わるか丁度で終わるか……それは不明であり、確実なことは生きている限りは永遠に続いて行く生への確認でもあったと。ジーナの意図は知らない。シムの言うように儀式であってもこんな妙な儀式もないだろう。たとえ何であったとしても、こうして二人で語り合ったこの時は俺には幸せなものであったことは間違いなかった。あとはジーナが立ち上がるのを待つだけだ……だからジーナ、この地点にどうか来てくれ」


 語り終わり男は闇を見た。何も見えずとも視線が合い、頷いたように見えた。目が見えないというのに。


「ここで目覚めたときに僕の瞳は闇しか映さなくなった。辺り一面の闇、これが龍の毒によるものだと僕はすぐに悟った」


 女の口から事実が告げられるも男には改めての衝撃は無かった。大丈夫だ、それでもジーナは旅立つのだから。


「シムやアリバさんたちは万策尽くして解毒に努めてくれたが、僕は最初の段階から諦めていた。この右手の印を以てしても癒せない毒は薬草では力不足であろうことを。あれは始祖以来の新たな龍というものであろう。今までのものとは違った最大の脅威と言える。瞳に闇が宿り、日に日に身体の自由が利かなくなってきた。これも毒のせいであろう。おそらくは即効性によるものであるのだが、僕の場合は印があるために遅効性になっているのだろう。ならば大丈夫だと安心した。まだ時間がある。まだ間に合うと」


 女の言葉に男の心は激しい昂揚感に満たされた。そうだこれまで沢山の時間があり手を打ってきたはずだと。


 なら間に合うはずだと。旅立ちに龍を討つ旅に行く準備と回復に、と。


「介護をしてくれるシムにはツィロへの連絡のための書面の作成を頼んだ。日にちを指定しその日の夕方に必ず来るようにと。もっとも僕にはもう光が失われたことによって時間という感覚は薄れてしまったけれど、それでも全てのことをやり切るための時間はまだあるはずという自信はあった。龍を討つまでジーナは死なないのだから」


 そうだと男の筆は言葉と一緒に動いた。死ぬはずがない。何度でも何度でもこれは書いても男には構わなかった。ジーナは死なない。


「早い段階からアリバさんには砂漠越えの準備を依頼すると快く承諾をしてくれ万事任せてもらいたいとのことだ。とても頼もしい。これで二つの条件が整いつつある中で僕は最後の一つをやりはじめた。彼と、あの呪いが解けた彼と、昔話をし書きとめてもらうことにした」


 その意味は? と男はその説明を知りたがっていた。これがどうジーナの旅立ちに必要なものであるのか?互いに混ぜて交わり何が生まれるのか? だが女の口からはその説明は放たれなかった。


 それから今日この時にまでに至る二人の会話を再び再現させつつ女はいまの感情を語りだした。


「彼の話はどれもこれも僕の感情にぶつかり衝突する。昔からそうでありあの夕陽の時がその極点だった。滅多に自分の意見を変えない彼を見るとひょっとして僕らは敵同士ではないのかと思う時もあった。そういった疑惑は僕たちが結婚する仲であったから除けられたが、別れてからは疑惑が確信へとなっていくものがあり、山での再会時は僕にとってはごく自然な感情の発露であった。僕は君をこうしたかった。こうするのが道理にかなっていることであったと。何故なら君はジーナであろうとしていることを捨てず隠してはいなかった。どちらかが去るか消えるか、この関係は終わりが無いのかと僕は思い続けた……だがそれは違った。君は僕の名をジーナと呼び自らの呪いを解いた。そして祈る、ジーナは死んではならないと」


 書き写している男の心は女の言葉によって次第に無に近づいてきた。この行為の意味といったものへの疑問は消えていき、次の言葉を待つ。


 だが男は次の言葉が出る前にまたは同時にその言葉を同時に綴りだしていた。わかっていたということだ。


「一つであることを約束されたものの一つになれなかった僕たちはただ一つのことでのみ一つになる。ジーナは使命を果たすまで死んではならない、その意志のもとジーナは立ち上がり、旅立つ」


 男は導かれるように立ち上がり、と書きながら実際に立ち上がり、旅立つと書き上げると闇の中、真っ直ぐに立った。一人、立つ。


「――。君がジーナだ。僕は君を選択する」

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