『この人殺し』
締め切った窓の下のベットの上。黙っていても女の気配はそこにあり、不意になにかが置かれる音が聞こえた。
「ジュシよ。ここに椅子を置くから座れ」
アリバの勧めに従い手探りで椅子を掴み座り女の方へ目を向ける。闇が降りているがこの先にいる事は分かった。生きている。男にとってはそれだけで殆ど十分であった。
「ではこちらはここらでお暇いたします。どうぞジーナさん、必要なものがございましたらなんなりとお申し出ください。何よりも優先して御用致しますので」
「何から何まで申し訳ない。私のこの件が済みましたら必ずやお礼をお返しいたします」
「いやいやそんな。ジーナさんと村の方々はわしにとっては大きなお客様です。これからも長いお付き合いをお願いしたいところですので、これはそういった欲目から出ておりますので、どうかご遠慮なくお休みください。それにジーナさんはうちのジュシの大切な人である御親類。そうなればいわばワシの義理の親類になりましょう。そういうことです、それではまた」
アリバは重たそうな足をいつもよりもゆっくりと意識的に歩き去っていると男は思いながらその足音に耳を傾けていた。
女もそうであり同じく耳を傾け、外の扉が閉まるまでジッと無言で聞き終わってから軽く笑った。
「大切な人だってさ、え?」
明らかに揶揄を込めた声だったために男は返事をしないと女は粘ってきた。
「なに? 君がそう言ったのかい? 俺の大切な人だって? ほんとに? 恥ずかしくないの?」
男は意味もなく顔を背けて早口に言う。
「いや言っていない。大切な親類だとは言ったがそこまでは言っていない」
「嘘ついてない? そう顔に書いてあるよ」
驚きながら女がいる闇の方を見ても何も見えなかった。しかしあちらからは見えるのではないのか?
あえて反応せずにいるとしばらく無言で我慢していたが、男は懸命に声を落ち着けて再び答える。
「嘘はついていない」
「嘘つき。皆に聞かれて宣言してたじゃんか」
闇によって見えなくても男には女の今の表情が脳内ではっきりと浮かび上がった。
陰謀が成功した時の出し抜いた時のあの頭に来る得意顔が、そのままのはっきりと瞳に宿った。
「ツィロに聞かれて恥ずかしくないの? 僕は恥ずかしくて死にたくなったよ。恥辱のあまりあのまま死んだらどう責任をつもりだったの、この人殺し」
意図的として思えない言葉の選び方と自分の行為への指弾によって男の頭は混乱に陥り、どこから話しをすればよいのか分からなくなり、浅く考え苦し紛れに良くないところから始めた。
「どっどこから目が覚めていたんだ?」
「どこからだと思う?」
「それを聞いているんだよ」
「僕はそれを聞いているんだよ」
堂々巡りに男は言葉が詰まり、考える。どこからを望むのかを、だが彼は混乱したままであった。
「俺がお前の涙を拭ったところからとか?」
「なに言ってんの? そこは覚えているに決まっているし、そもそも逆だよ。僕が君の涙を拭ったんだからね。なに自分だけカッコいいようにしているんだか」
「いやそっちだって泣いていたのは間違いない」
「僕は泣いてません。泣いたのは君です。君は山から降りたら嘘のつきかたでも学んだのかな? 僕を抱えて走っている途中でも泣いていた癖に」
「えっそこから!?」
「あっ……」
怯んだ声が出たために男はここは追撃する。
「俺がジーナと呼んだ時に目が覚めたと?」