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『どうして代わりに死ねないのか』

「印を持つものは耐毒性がつくのか今まで毒で以って亡くなった龍を討つものはいないんだけど」


 アリバの薬房の裏で洗濯物を干すシムが男に向かって語りだした。


「今回のはやはり特別だね。なんなんだろうあの龍は。この私でさえお手上げだ」


 シムは村で一番の薬草師であると同時にツィロ一族に仕える家政婦でもあった。大柄な体に似て動きはゆっくりとだが正確で確実、およそ無駄という動きは一切なかった。言葉も、そう。


「村にはない種類の薬草がこちらにはたくさんあるが、効果がありそうなものはないのか?」


 男が苦しげに尋ねるもシムは小さく首を振る。無駄がない絶望的な動き。


「どれも効果は出ていないね。ここに来て数日はたつけれどジーナ様の怪我の回復は良好だのに、毒が身体中に回って衰弱が著しいだなんてね。それでも印の力で毒が回るのを抑えているといった感じだけどそれは快方には向かってはいない。衰弱を可能な限り遅らせているといったものだね」


 男はすり鉢を強く握るも激情を止めた。ここで怒っても何にもならない。怒るのなら自分へと怒れ。お前のせいでこうなった、と。


「……ジーナは昨日より話せる状態にまで戻っているのか?」


 男が名を言うと毎回のことだがシムは緊張した間を一旦置く。


 呼んでも呼ばずともどのみち異常だと扱われると男は内心自嘲する。構わないこれは罰だ。


「ああ話せるようになったよ。昨日は片言で返事をするぐらいだったけれど、今日になったら会話が成立するぐらいにはね。だけどあんたは入るんじゃないよ」


「入らないよ。俺が入ったら病状が悪化するかもしれないからな」


「なに? 入りたくないというのか? あんたはそんなことを言うのか?」


 シムにしては、変なことを言うなと男が顔をあげるとシムの顔は憤懣やるかたない表情となっている。なら答えは正直にだ、と男はすぐに理解した。


「……話をしたいから容態を聞いたんだ。こんな状況なのに俺が無理に入っていったら困るだろ」


「……困らない。昨日な、ジーナ様は明日の夕方、つまり今日の夕方にあんたを呼べと言われたんだ」


 手が止まりシムの顔が困惑気になる変化を眺めていた。


「どうしてあんたみたいなものを呼ぶのか私には分からないね。薬草の話なら私に聞けばいいし昔話なんてする余裕があるとは思えないし……もしも……もしも……これが遺言についてとかだったら」


 シムの手が震えだし洗濯物の布に顔を当てて哀しみだした。


 男は立ち上がりシムの背中に回ると間近で見ると昔と比べて縮んだその背中に哀しみを催させた。


 その肩に手を乗せた。弱々しく震えるその身体、こんなに年月が経ったのだと。


「そんなわけない。ジーナは死なない、死んでたまるものか。龍が生きているのにジーナが死ぬだなんて、ありえないんだよ」


 シムは大きく頷きそれを返事とした。


「きっとこれからのことについての指示だ。そうに決まっている。それにもしも遺言とかであったら、俺が代書して代わりに死ぬから大丈夫だ」


 そう言うとシムは吹き出し笑い洗濯物は涙と唾で滅茶苦茶になった。


「馬鹿言ってら。あんた山から降りて冗談を学んだのか?」


「冗談じゃない本気だ。俺があれの代わりになれるのなら今すぐにでもこの身を龍毒で犯されたいぐらいだ」


「あんたが冗談を言っているのじゃないのは分かったよ。出来るのなら是非ともそうしてもらいたいが、そんな不可能なことを言ってもしょうがないだろ」


 そうだ何を有り得ないことを言っているのかと男は分かると同時に何故できないのか? とも不思議に思った。


「なぁシム。どうして俺はジーナの代わりに死ねないのだろう?」


 馬鹿にした表情だったシムの顔がまた変わる。悲しみのというか哀れみの、同情するような顔であり逆に肩に手を乗せる。


「思い詰めるんじゃないよ。午後になったら朝飲んだ薬草の効果が現れるはずだからそれに賭けよう。駄目だったら次に賭け駄目なら、と私は諦めないからどうかあんたも諦めるんじゃないよ」


 洗濯もの干しが終わったシムは薬房へと戻っていく。


「俺は諦めていないよシム。諦めるはずがない。可能性について考えてみたんだ」


 男はまた座り擂鉢で薬草を擦りはじめた。


 その夕方となり男は薬房の隣にある小屋へと入っていった。陰気な扉が低い音を奏でながら開くと果てが見えない暗く長い廊下が続き、その一番奥の左側の部屋が女の療養室となっている。


 暗闇の中に足を入れると遠くから笑い声が聞こえてきた。アリバと女の声が耳に入る。案外平気であり元気だとしたら、と男は心に期待を持ったが、違うとすぐに落ち着いた。あれはそういうものだということを。


 人前では決して弱音を吐かないものだと。痛いや苦しいはよほどのことしか言わずに、そしてそのことを言う相手というのはいま生きているものではシムにツィロに俺自身だと。


 男は扉を二度ノックするとアリバの声が返って来て扉を開く。そこには闇しかなかった。手前はまだ薄暗い程度なためアリバの位置はすぐに分かるも、女の位置は目を凝らさねばわからない上に闇を纏い顔どころか皮膚の色すら見えなかった。



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