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『泣かないで』

 そう告げた女のその瞳には怒りの色が宿りだした。金色ではない自分と同じ色の瞳で以って。


「君は呪われている。かつてもそしていまもだ。大切なものを全て捨て自分の死すら受け入れてまでも、この名を求めているだなんて。だから印は君を選ばなかった」


 無心のまま吸い込まれる様に男が近づいていくと女は今度こそ抜刀し切っ先を男の顔の前に突き出した。


「叔父さんの無念や義兄さんの悲運とか君は他者の業を背負い過ぎている。自分を失い忘れるぐらいにね。だから君は完全なる龍を討つものとなれたはずだ。歴代の他の誰よりも。候補者は君以外の誰もいないのは衆目を一致するところだった。僕以外ならば、だ」


 剣は喉元にかかり二人の視線は一致する。互いに同じ色、誰よりも知っている色、その本人よりもずっと知っている同色、だが今は非なる色彩。私たちはもうひとつではなくひとつにはなれない。


「けれども候補者がもう一人、この僕がいた。だから僕はジーナになることを望み、印もこちらを選んだ。理由は君には分からないだろうが力よりもその精神からだろうね。何はともあれ印は僕の願いが正しいと認めてくれた」


 濃い緑色の瞳。男はこれまで幾度となくその色に不思議な美しさを感じてきた。いまも、また。


「これを君は裏切りとみるだろう。そうだ僕は裏切った。業に囚われきった君を救うためにね」


 瞳の色が微かに薄く変わるも剣先は震えずに喉元を捉えきっている。切っ先を払えば喉笛は死の音色を吹き鳴らす。


「君が自分はジーナではないと受け入れ、僕をジーナだと呼べたのなら、僕たちの方を選ぶことができたのなら……この世界にいることができた」


 剣先は小刻みに震えだし瞳の色は限りなく薄さへ移り変わり見るものの魂を吸い込もうとするほどの透明さへ美しさに男の意識は流れていく。もう言葉のなかに入っていくだけ。


「だけど君は選ばなかった。もう手に入らないものに固執し呪いを身にまとった。全てを捨てたのは君だ。そして三年の時は君を変えず違うものになれず、ここにあの時と同じ心のまま、いる……僕の負けだ」


 女のその生気を失うほど澄み切った眼から涙が溢れだそうとしているのを男は、見る。


「だけどさぁ……ねぇ僕を勝たせてよ」


 溢れ溜まった涙が頬から地へと向かって長れ落ちて行く。


「お願いだ、泣かないでくれ」


 こちらが? と男は自分が泣いていることにはじめて気づきながら、女の頬にまた一筋の涙が伝い流れて行くのを見た。


 泣いている? 当然だ、と男はまず思った。女と同じ色の瞳をしているのだから、泣いているのなら、自分も泣くのだろうと。


 同じ量を同じタイミングを流すのだと、それはごく自然なことであろうと。そういう風に育ったのだから。いつも共にいたのだから。


「拭ってくれ」


 男は前に出ようとすると同時に剣は戻され代わりに女の手が伸びてきた。


 互いの腕が交差して指先は指先は目尻に頬に。拭うは涙と覚えるその痛み右へ左へ。同じ動きをし同じ量を拭ったのだろうと男には分かった。あちらも分かっているはずだとも、分かった。


「痛み苦しもうが傷つけようが、それが俺なんだ。知っているはずだ」


「知っているよ」


 女は言い捨てる。


「すまない」


「何が済まないというの? 口ばっかで改めようとしない癖に。すまないとそう言えば済むと思っているところは嫌いだって毎回言っているよね」


「分かっているが、俺は変えようがない」


「そういうのを馬鹿だと言うんだけど、いいや、君だし。諦めている」


 先に女の指から手に腕が男から離れ男はあとに続き、それから女は前を向いた。


「僕はただ君の呪いを解きたかっただけなんだ。だけど君は呪いから解放されずにこの地からもっと遠くに去り、東の地に行っても僕の名をかつての名で呼び続ける。もはや救い難く呪われた魂……呪身め」


 女は言葉を切り、止める。続く言葉を流れる時を止め、間を作り、心に刻ませる。この時を。


「そうだろ」

「そうだ」


 答えると男は自分の胸の鼓動が聞こえ、それを以って時が動き出したことを知ったような気がした。



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