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『君に印が現れなかった理由』

 途中道々に落ちている眷属の残骸を見て男はいつものことを思う。こいつらはどこに行こうとしているのだろうか、と?


 例外なく西の彼方のどこかから湧いてくる龍は村を通過し龍の道へと必ず通る。その先は砂漠しかないというのに。死でしかない砂の海。


 もしかして龍は砂漠を超えようというのか? だとしたらこいつらは東の世界に何故行きたがるのか? そこになにがあるのか? その地に……同じ? 自分と、同じ? 


 村を出て砂漠を超え東の地に新しい何かとして生きようとするのなら、自分と龍との違いとは何だろうか?


 共に呪われた存在として、片やそれを妨害し殺そうとしている。同じである癖に……何をしているのか? 男の思考はそこに到達するが、振り払った。違う、俺はそうじゃない。自分は龍ではない、龍ではなく、それは、それは。


 右前方から龍の雄叫びが聞こえ窪地があるその方向へ男は闇の中を飛び、反射的にツィロの剣を降り下ろすと刃が龍の身体を裂き断末魔を奏でさせその地を伏せさせた。火龍だ。


「やった!倒したぞ!」

「だっ誰だ!」


 闇の中から聞き覚えのある声がしその問う声からは一種の怯えも混じっていた。


 龍に対する怯えではなく、ここにいる自分に向けての恐れが。声と雰囲気から男にはそこに誰がいて誰がいないのかがすぐに分かり、開き直ったように大声で逆に聞いた。


「毒龍はどこだ!」


 そして――は? との声は呑み込むと応える声が返ってきた。それもまた夜空に語るように。


「毒龍は森の中に入りジーナが追っていった。遅れた俺達があとからやってきた火龍とかち合ってここで交戦していた……」


 言い終わるとその者はその場でへたり込みそれに釣られたようにあちこちで喘ぐ声を出しながら座る音が広がった。


 火龍程度ならジーナ以外でも討てるが、相当の苦労と犠牲を払ったはずだと男は想像した。そうであるから、誰もが口を開かずにある思いを抱いていることも想像する。


 早くお前が行ってジーナと協力してくれと。男は声なき声に押され弾かれたように男はその場から飛び立つ。


 声を掛けるわけにはいかない、そうだ。頼むわけにはいかない、それでいい。ここにいるのはそういうものだ。みんなは何ひとつとして間違えてはいない。


 だが今は、と男は言葉を繰り広げ来るべきその時のために、言葉を心の中で誕生させようとしていた。


 走る男は森に入らずに山道である龍の道をひたすらに東進する。この時間になるまで毒龍を討ち帰っていないということは、敵の方が足が速いのだろうか。


 そして――は判断するはずだと。ゴールは決まっているのなら、そこで必ずそこを通るのだから、ならばそこに、あいつならきっとそう考える、俺は知っている。


 一本道の果て、村と外との境界とも呼べるその巨大な切り株の脇に女が構えたまま待機しており男を見ていた。


 だがその眼には何の感情も宿ってはいなかった。驚きの色から悲しみの怒りの喜びの一切の色は無く、ただ男を見つめていた。その瞳の色は男は知らなかった、見たこともなかった。


 近づいて行くにつれてはっきりと見えてくるその姿に男は改めて悟る。ここまで遠く離れ隔たってしまったとは、と。


 あれは自分からは決して何も語りかけはしないだろう。

 

 ここには誰もいないのだから……だがそれでいい。女は微動だにせずに男に目を向けている。間合いに入ったとしたら構えは隙なく躊躇なく動くことは察せられた。


 それを確実に起こることであろうとと。だから男は大声を出した。


「今日だけは、いや今だけは共に戦わせてくれ」


 聞こえていないのか女は瞬きすら早めない。だが男は言葉を、誓いを重ねる。


「命令されてからではなく自分の言葉と意志のもとに誓う。この龍との戦いが終わったあとに俺は砂漠を越え東の地に行きそこで生きる」


 一歩近づくごとに女からの放たれる殺気が頬をかすめ全身に冷たさをもたらすものの、男はそのまま歩いた。


「――。頼む」


 濃い殺意が男の顔に生臭く被さる、もうあと一歩で間合いに入る、だから男はその手前で伝えた。


「それとも――こそが、あの頃に戻りたいと言うのか?」


 間合いに入り、男は足を止めた。だが剣は抜かれず鞘に入ったままであり、顔を覆っていた殺気も消えていた。


 その代わり言葉が来た。


「今なら君に印が現れなかった理由が僕には分かるよ」

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