どうして俺の婚約者は髪が短いのだろうか
どうしてそこが見えるぐらいに俺の婚約者は髪が短いのだろうか、と。早く伸ばしてくれ……だが彼はそんなことは口にも態度にも現さなかった。
それは私情であると固く自分を戒めていた。
彼は見た目からは想像がつかないだろうがかなりのことを堪えられる男であった。だから万事が上手く運ばれていくのだと自分にも言い聞かせていた。
シオンはマイラを自分の席の隣に座らせた。二人は毎朝のこの時間帯だけこうして肩を並べて同じ空間の同じ息を吸うことを約束し合っていた。
「やけに嬉しそうだけどなにか朗報でもあったのかなシオン?」
「そう見えました? けど良いお知らせは届いてはいませんでしたけど。それに私はマイラ様と会う時はいつも嬉し気ですよ」
ああそうだねとマイラは応えたが、三日前に些細なことで不機嫌となり攻撃してきたことを即座に思い出すも当然指摘しなかった。
ここでそれを指摘してどうなることになるというのだ? シオンは都合よく忘れているのだから自分が言うのを我慢していればここは丸く収まる。
全ては私の感情抑制にかかっている、となおも風になびく柳の如くに笑顔で返すとシオンも笑顔を返した。ほら上手くいったじゃないか。
あぁ自分の婚約者はとても綺麗で美しいけど、髪の毛がすごく短いなぁと思いながら。
「一方俺には朗報が届いたからまず君に伝えるよ。守勢に立っていた西の反中央勢力が反攻に回ったとのことだ。しかも南北の勢力とも合流しだしているとのことだ」
「えっ! そうなりますと中央の戦力は分散されるということに」
「そうならざるをえないだろうね。細々とだが続けてきた支援が実を結んでホッとしたよ。これでこちらの北上も早い段階で進められる。このことはバルツ将軍にも知らせて相談することにするけれど、あまりウカウカとしているとあちらが先に中央入りしてしまうかもしれないな」
マイラの冗談にシオンはクスリと笑った。
「彼らが先に中央入りしたところで龍身がいなければ我々を待つだけですね。身支度をじっくり整えてから入っても間に合いますよ」
「それでは向うに済まないことになるな。戦後に揉める種となる。ともかくだ、理想はあちらより早く最低でも同時に入らなければならない。幸い前線の戦力はかなり余力がある。ソグから増兵させれば草原をかなりの勢いで進軍できるだろう」
草原をか、とシオンはあの日の出来事を思い出す。ソグ撤退の際に駆け抜けシアフィル連合の力を借りたあの日がまだ頭の中で鮮烈に残っていた。
必死の思いでソグ砦に命辛々に辿り着いたあの瞬間を……それが今度は逆の立場で昇っていく。
「お祝いが必要ですよ」
突拍子もなくシオンがそう言うとマイラの背筋が伸び足に力が入った。
こういう風にシオンはたまに憑かれたような状態となり妙なことを口走ることをマイラは重々承知しており、受け答えに十分注意が必要なことも。
「たとえばどんなお祝い事が必要なのかな?」
猛獣に触れるようにだが決して恐怖を伝わらないようにマイラが聞くとシオンは遠い目をして語りだした。
「龍身様とシアフィル連合が一つとなりソグに戻るもその後再び草原へと戻り、その先を目指す。そうですよ目指す前に出兵式ならぬ親兵式を行いましょう。いいですよねマイラ様。ありがとうございます」
もう決定したと言わんばかりにシオンはマイラの手を強く握りだした。彼の頭は猛スピードで考え出す。最前線の城に龍身様をお連れして大丈夫なのか?
教団がどれだけ反対するか?その他スケジュールの調整やら各種諸々……だがマイラは微笑んだ。そんな苦労などここで反対して生涯言われ続けるだろうものと比べたら、物の数ではないと。
「それはいい考えだ。検討してみよう」
口だけでなくマイラは予定を組みだした。そう彼はできる男。同時に耐えることもできる男。よって彼は龍を宰相になれる器なのである。