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検閲官の朝

「検閲官の朝は早い」


 とシオンは今日も独り言を呟いてから手紙の中身を検める。


 何十通はあろう手紙の束の中でまず手に取るのは決まった色の、緑色のもの。


 ナギへ、と幼稚な字で書かれたこの一通をシオンは無意識のまま初めに手にとり封を手慣れた指さばきで以て開き中身を取り出した。


 朝陽がいよいよ窓から射し入って来て文面を光が照らしだして美しい、という意識はシオンにはなくどちらかというと光でなにかを焼こうとしているのかもしれない。しかしすべて無意識による行動であり、そもそもそんな科学的なことなどシオンは考えるはずもなく、あるのは一つの意識だけであった。


「男が女に向けて出す手紙はやはり警戒しないといけませんよね。たとえそれが報告書であっても」


 習い性になるというのかソグ王室の頃からシオンはヘイムに届く手紙を最初に読むものとなっていた。


 そのことをシオンはおかしなことだとは一度も思ったことはなく、むしろ当然のことだと思ってはいるが、そのことをヘイム自身に告げたことはない。


 ヘイム自身もこのことを薄らとだが知っているのだが、そのことを問うたことなどただ一度もなく、万事を任せ切っていた。


 私達の間には基本的に新たな秘密は無い、とシオンはこれを自明のものだとしてヘイム宛の手紙は全て目を通している。


「ヘイムからジーナはないけれど、ジーナからヘイムはありえますよね。たとえあんな酷い態度をとっているものの男は男で女は女に変わりはありませんからね。フフッ腐っても鯛、生木より枯木の方がよく燃える。前線の寂しさから妙なことを書いて寄こすかもしれませんし、それにヘイム様が気まぐれで構ってしまうかもしれない。おぉ! それは許されないことでありますからこうして事前にチェックしておかなければ。これもまた龍を守護する龍の騎士のさだめと役目ゆえによるもの」


 そう嘯きながら日光によって消毒した感の出ている手紙の温かい文面を読めば、いつものように自分の心配など鼻で笑うものだと分かるものであった。所詮は自分の妄想や空想で遊んでいるだけ。心配しているごっこ。あり得ないことであるのだから不埒な妄想をしても許される。だってそんな可能性がなくこれは蛇と鳥の恋愛を楽しんでいる同然のこと。


 その手紙の内容はというと極めて客観的な前線の情景が固くて大きな字で以って綴られているも、ハイネが監督しているおかげか文字はなんとか整い文章も破綻せずに成立している。


 内容云々よりもそれは一つの努力の結晶のようなそういったものを感じずにはいられない代物であった。


「これはこれで読み応えがありますね。それにここまでガチガチなら変なことを書いて寄こすことなんてありえないでしょう。ましてや男女の関係など、フフッもとよりあろうはずもなかろうにですがね」


 短いためシオンはゆっくりと三回読み返し、それから開いたことが分からないように封筒に入れ直し封をした。手慣れたものであるとシオンは自分で自分の所業を客観的に見ながら思った。


 検閲と隠蔽をしているがシオンは悪いことは一切何もしていないという感情のもと次のに取り掛かった。


 残りのはほぼ報告書の類であり、どうせ代筆を任されるのであろうことからシオンは返答を考えながら読むと同時に頭の中ではさっきの手紙のことを思い返していた。


 そういえば、とシオンは思う。ヘイムに男から手紙が来たとちょっと緊張しながら封を切ったのは久しぶりだったな、と。


 昔ならそういうことがいくらでもあり、あの頃は毎日たくさん手紙が来てヘイムはヘイムでそなたも読んで良いからこっちに回せと言って……ああそうだ、あれでこの習慣が生まれたのだ。自分がヘイムの手紙を読むのが当たり前だというのはその頃の習慣によるもので、とシオンは思い出しながら考える。


 だが、今はもうヘイムは王女ではなく違うもの、もっと大きなもの、それどころかさらに大きなものとなる。そのようなものに男は手紙は出すはずもない。報告書だけが出される。だけれども


「この手紙はヘイム宛ではなく、ナギ宛という設定ですか。まっこういうものも一通あっても良いかもしれませんね。みんながみんな似たようなものを送ってきてもつまりませんし。だったらもう少し楽しく書いて貰いたいで、ここはヘイムからハイネに伝えて……」


 独り言が激しくなりあらぬ方向に飛ぶのを鎮める鐘のようにノックの音が三回鳴ると、シオンは今やっていた全ての行為を放棄しネジ巻き人形のように扉へとゆっくりとだが的確な動きで近づいて行き扉を開くと、そこには若干の影と幸が薄さを感じさせる優男が立っており遠慮がちに微笑む。


「マイラ様。どうぞお入りください」


 挨拶もそこそこにシオンが手を一応優しく引っ張るとマイラは風に吹かれた柳のようになされるがままになった。


 引かれる最中にマイラは愛しのシオンのうなじに目をやりいつものように内心で嘆息する。



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