『死体には相応しい棺』
この男がいたからこの危機は乗り越えられた、このことを肯定も否定もせず剣を首から離し鞘に納め、一歩離れた。
「ならこのジュシという名のものは、いますぐ山から降りろ」
「駄目だ! さっきみたいなことが起こったら誰が身を守るというんだ」
「我々が警護する」
アリバの抗議にジーナはもう決定事項のように通告するが食い下がった。
「いやいやこのジュシは一人で行かせるわけにも行かない」
「ジュシとやらのことなら大丈夫だ。私はそのことをよく知っているし何が起こったとしてもこちらには」
「それならわしらも山を降りる。一人で降ろさせるほど、わしらは薄情でないしさっきの危機を救ったのはあなたが来るまでこいつだ。そんなことができるものか」
アリバの叫びに様子を見守っていた他のものたちは荷車に手を掛けた。命令一下で山を降りる、その態度はそう告げていた。
「山はこれだけ危険だとはツィロさんからは聞いてはいない上にこんな恐ろしい目にあった。ジュシを連れてきた件はそのことで相殺させていただきませんか? ジュシとあなたのおかげでわしらの命と武器はこうして守ることができたのですから、だから」
ジーナは首を振り拒否の動きをとろうとしたがアリバは動きを止めるべく間髪入れずねじ込んだ。
「それにあなたも彼が帰れと言って、このまま素直に真っ直ぐ山から降りると信じているわけもありますまい」
ジーナの首が振られる前に止まり長い髪だけが音もなく左右に揺れた。意思がないからこそ動き、風に身を任せる。
「そこまで信じていないのなら、仰るように一人にさせたら時間をおいて登って来ることもあると思うのが道理ではございますまいか?」
言葉を重ねているうちにアリバの声は小さくなっていく。そのジーナの瞳の冷たさに見いられ底冷えを感じ腹からなにかがこみ上げて来るものをアリバは感じるも、堪える。ここを乗り越えれば勝てる予感と共に。
「お荷物をお届けをしましたらわしらは長居するつもりはございません。即座に山を降ります。ですからどうぞここは」
ジーナは動かず言葉を出さずその場に立ち、その数秒後が数十分後のように短くも長い沈黙の後、やがて口を開くとアリバにはどうしてか笑顔のように見えそれから剣は鞘に納められた。
「アリバ殿。そのジュシというものはね、呪われた身です。山に足を踏み入れると災厄が起こる、と我々は信じていますが……あなたの言うことも一理はあるかな。一人で帰らせるのは信用できない。それとこちらの不備のために危険なことが起こりこちら側の救助も間一髪だったのも認めましょう。あれは箱に入っていたようならば、箱に入れていただきたい。そうしたら私が封を致します」
封? とは、とアリバは思わずこれ幸いとばかりに気が変わらぬうちに急いでジュシのもとへ行き引っ張り、仲間の力を借りて箱の中に無理矢理押しやるように入れた。
「これでよろしいでしょうか。あっご心配なく。この箱は頑丈な構造でこの上の蓋以外は開きようがございませんので、どうぞ封を」
慌てているために営業口調になっているアリバを尻目にジーナは蓋に手を掛け何やら唱え出し、その中でジュシに分かった言葉が終わりにあった。
「死体には相応しいね……」
ジュシは言葉に頷きその掌に力がこもったのを内側から感じ取った。
「この蓋は開かない。あなた方もこの蓋を開けない。そして、ここには誰もいない、存在しない。この箱は空虚のみが入っている。そういうことで、いいですね?」
了解するアリバの声がすると遠くから呼びかける声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声たちの中にツィロのものがあった。その変わらない声、この間の自分に向けた声とは違う声、自分がいないことで出される声をジュシはただ聞いていた。
閉ざされた闇の中であってもジュシには印が見えあの金色の光りが眼に焼き付いており思うことはひとつであった。
あれは自分が持つものであったはずだったと。聞こえて来るツィロの声と女の声を聞くと同じことを思った。
それは自分が持っていたはずのものであった……あぁ呪われている、とジュシはまた闇の中で自分は笑顔となっていると感じた。
こんな心を持つことが呪いなのだろうと、三年経っても変わらなかったことを、これを確認しにきたというのなら、このような心を抱いてはならないのだから戻らずに遠くに去らなければならない、そんなことは分かっているというのに、この身は故郷へ戻る。風と波と宿命ともいえる力が身体を持っていく。