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『ここにいるのは死体だということだ』

 歳月が人を変えたのか、それともその役目と使命が人を変えるのか、ジュシはその女を知っているが知らないものとして見ていた。


 もう自分とは関係のなくなった女の顔がそこにあり、まるでここが遥か彼方の世界であることを教えてくれるようであった。


「どうして、帰ってきた」


 刀身の冷たさが首の皮膚に伝わって来るも、男にとってそれは大事なことではなく、それよりも女の声を聞くほうに神経を集中させた。


 知っているのに知らないその声を、覚えているのに違う輝き方をしている瞳の色を。あの頃よりも若干伸びた身長に気付き、確認をする。ここに自分の居場所はないのだと。


「戻った場合は敵だと僕は宣言した。それは変わらない。今の僕ならそれができると、君なら分かるよね?」


 分かると多分目が答えたのだろうか、女の手に力が入り剣の刃が皮膚に更に近づき触れる。あとは押して引けば、このさまよいつづけた世界が終わる。


 あの夕陽の日のあの時から全く動いていないまま、またこうして対峙せざるを得なかった停止した世界が。


 だがそれでもあの瞬間の続きのように女があの日と同じ声で尋ねてきた。


「……言って名前を。いまの僕の名前がなにかを」


 男の目には女の顔と声、それどころか魂さえもあの知っている過去のものに戻ったように見えた。だから男は再び答えなくてならなかった。己の終へと向かう魂の意味を。


「――。俺は自分の死を確認するために帰ってきた」


 答えると女の瞳は碧色を交えた金色に輝く。さっきよりも強く爛々と。それはここに敵がいるという、印。だから金色の瞳を持つ女が告げた。


「言ったな。ではここにいるのはもう死体ということだ」


 男は瞼を閉じた、が世界は終わらなかった。まだ解放はされない。


「ジーナさん!!」


 叫び声に剣が縦に揺れ微かに引き二人は同じものを見た。アリバが顔面蒼白で近づいてくる。


「あっあのジュシの首に剣を掛けて、なっなにをしているんだ!」


 ジーナは不審な表情となりアリバと男を見比べ聞き返す。


「ジュシとは誰だ? これは」


「誰ってその男ですよ。なんだか内輪の深刻そうな話をしているようですけど、わしの部下に、いや相棒に手を掛けるというのなら、この取引はあり得ない、即刻破棄だ」


 青から赤に、アリバの顔色が変わりジーナは睨み返しながら応えた。


「我々は村の掟についての重要な話をしている。このことは他の何よりも優先とする」」


「ならばわしはこちらの事情を優先する。お客様であろうがこちらの身内に手を掛けるなどする人とは取引は論外です。それどころかわしの知り合い全員に掛けあってこの村とは商売をしないようにする。こいつはただの傭兵じゃない。わしらの仲間の一人だ。みんな協力する。そうしたら困るのはジーナさん側だ」


「交渉に当たったツィロは」


 と口にするとジーナは一度言葉を区切り、その首がジュシの方に微かに動いた、ように見えたが実際には動かず、言った


「私の夫が言ったはずだ。これは厳禁だとな」


 ジュシの胸に重いなにかがぶつかるも足を微塵たりとも動かさぬよう、ほんの少しの心を漏らさぬよう、立つも、動揺したせいか首に触れる刃が皮膚を僅かに割いたと自ら分かった。


 血は出ることよりもジュシは動いて女にこの心が察せられたと想像することの方が、恐ろしかった。


「それは謝罪いたします。ですがこれには事情がございます。ジュシから山には恐ろしい怪物がいると聞き我々はこうして人数を揃え武装し山に登りました。その際に彼を箱の中に入れました。これは万が一その怪物と遭遇したら一緒に戦うという保険です。もしも遭遇が無かったとしたらこのまま箱に入れたまま下山するつもりでした」


「そこだがジュシというものが望んで山に登りたいと言ったのではないのか?」


「むしろ逆でございます。彼はわしの命令と強引な誘いに断ることができなかった。何故なら命がかかった取引への同行を断ったとしたら彼は商人仲間から弾かれてしまい、こいつはどこにも行くところが無くなります。そうでもなければ箱の中にじっと入っていることなんかできません。それにこれを連れてきたのはわしらとっても良かったしジーナさん側としても良かったはずです。いまの戦いからすればそう思うしかありますまい、そうでしょ? わしは危うく呑み込まれかけました」


 辺り一面に散らばる眷属の死骸に血。ジーナの足元には大きめの首が転がっており長い舌を出したまま恨みがましく天を仰いでいた。


 ジーナはそんなことは分かっているとでも言いたげに無言で前を見て、息を漏らした。


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