『お前がどういう男かはわしがよく知っている』
だがジュシは反感で心が一杯であり、アリバを見据えている。だが、なにのために庇うのだろうか?
「俺は、追い出されても仕方のない男でした。俺が自ら望んで追放を望んだんだ」
「お前がどういう男かは砂漠の旅でよくよく知っている」
アリバも睨み返してくるがジュシは更に語気を強めた。
「私はアリバさんの思うような男ではなく、追放されるに値する呪われた身だ」
「お前がどういう男かはわしがよく知っている! わしの目に狂いがあるとでもいうのか小僧が! お前は追放される男なんかではない!」
二つの叫びは昇って来る朝日の光りで蒸発し天に召されるかのように辺りから綺麗に消えていき、その場には深い沈黙だけが横たわり、やがてジュシが震える声を出した。
「では言わせていただきますが。ツィロはあなたが思うような男ではありません。彼は自分の役目に忠実なだけです。俺はそれをよく知っています。だから……だから」
アリバの声もまた怒りを滲ませずさっきまでの怒鳴り声が嘘のように平静そのものであった。
「わしにはそうは見えんかったが、お前がそこまで言うのなら少しだけ信用してやる。まぁ全然嫌な予感は拭いきれんがな。それでどうなんだ?」
なにが?とジュシの心の声を聞いたようにアリバは答えた。
「行くのか、行かないのかだ。お前はずっとそのことを明言していない。客人が何かを言ったからではなく、わしはお前はどうするのかと聞いているんだぞ。こうも不信感を抱いているわしらをそのまま行かせるのか、それとも頑なに故郷の連中を信じ切るのか、卑怯な言い方かもしれんがいまはそう言わざるをえない状況だ」
そうだ何故自分ははっきりと言えないのだと。行かないと簡単に言えばアリバは引き下がる、だがそれが言えない。
これは啓示であり、なにかが告げているのだろうか? 行かなくてはならないと? 村人からの襲撃など絶対に有り得ない、取り越し苦労だ。だがこのアリバの異常な警戒心は?
勘だけはずっと鋭いアリバがここまで構えるだなんて……なにがあるのだといえば、なにかが来るのだとしたら。
「……御同行いたします。不明な点がありましたら俺に何なりとお聞きください」
ジュシの態度の急変にアリバは面喰うもすぐに嬉しそうに笑った。
「そうか、良かったこれで一安心だ。まぁ何にもなければそれに越したことはないんだからな。お前も久しぶりに故郷の空気を吸うのもいいだろう」
「アリバさん、どうかご油断なく。ですが襲撃の可能性は極めて戦いです」
あまりの一変ぶりにアリバは口を利けない状態となった。
「それはですね、村からの襲撃は断じてなく、山には獣がいましてねそいつらの襲撃を警戒しなければなりません」
そういうことかとアリバは落ち着いた。
「なるほど客人も獣用の罠をやけに気にしていたが、しかしそこまで見境なく襲ってくる獰猛な獣がいるのか? わしの故郷はそういう獣は熊とか虎と呼んだが」
「俺の故郷では脅威となるそのような存在はただひとつであり、一つの名で呼んでいます『龍』と」
アリバはジュシが故郷の言葉を使ったために何を言ったから分からなかったがその発音は何かに似ている気がした。
こちらでは決して使わず、またアリバの故郷でも使わない言葉であるも、砂漠の果てに行くと頻繁に聞く、その響き。
「その名は、あれだな。東の国では王様を意味するものと似た発音なんだな。龍だっけな?」
アリバの不思議そうな顔を見てジュシもまた同感の思いを募らせた。東の果てとはまるで逆の世界だったなと。
『龍』の名が出てくるとこちらは身構えるというのに、あちらではむしろ歓迎する名であり世界を統べる聖なるものの名だとは、まるで鏡の世界だと。
あの異常な世界を見てもジュシはこうも思った。はたしてあのような世界に自分は住めるのかと?
「あっはい、そうです。偶然同じように聞こえますが逆でしてね。こちらの龍は聖なるものどころか悪そのものでして村を襲い破壊しにくるのですよ。けれどもそれは獣の出産周期というのでしょうか必ず同じ季節で、ああそうだ砂漠の海が渡れるようになるあの時期と一緒です」
「なら季節外れだといえるな。客人の話では今これからそいつらが出るって話なのだから。相当に手強いのだろうな」
尻込みしだしたアリバの心を無視しジュシは龍を思い出しながら語る。
「龍は必ずまず眷属を放ちます。それが来たからツィロは慌てているのではないかと。こいつらがある程度出てきた後に、必ず一匹の龍が現れここからが本番です。ですから急ぎましょう」
自分のせいで遅れていることを意識せずにジュシは歩きだし装備をとりに行く。
鎖帷子と剣をとる間にジュシは身の軽さを思い出した。まるであの頃に戻ったように、三年という月日が消えたように、
『龍が来る。だから俺は帰らなければならない』
ジュシは故郷の言葉を口ずさみながら。