扉が開く
ジーナは顔を上げ窓の外を見つめる。その方向は西なのか? ハイネも同じ方向を見るも、灰色の空ばかりが続いていた。
「私の故郷は以前話したかもしれないが、西の砂漠を越えた先にある山にある。何の変哲もない村で私は生まれ育ち、物心がつく前から一人の同い年の友がいた。それがツィロでね、村長の息子なんだ。うちは父親が村のちょっとした有力者であったためになにかと交流があって自然に私達と彼はいつも一緒の仲になってね」
記憶を語るジーナの声と言葉にハイネは即座に引っ掛かりを覚え心の中でメモをした。何の変哲もない、その前置詞は必要あるのか? それから私と彼ではなく、私達と彼とは? 本当に二人だけ?
素早く心に刻むとハイネは話の腰を折らずに柔らかい相槌を打ち先を促すと、ジーナはそれこそ何の変哲もない少年時代の話から始めたがハイネには不思議とつまらなくはなく、むしろもっともっと聞きたい気持ちが湧いてくるのが分かるも、やはり拭いきれない違和感がずっと頭の中を掠め続けた。
彼とツィロの二人を語りの中心に据えているはずなのに誰かがその近くにいる、と。
二人の話ではなく彼は三人の話をしているのではないのか?
隠していることがあるはずだ、と本能的に思うと同時に理性的に矛盾したことをハイネは考える。
彼は、ジーナは果たしてそんな高等技術ができるだろうか? こんなにごく自然に無防備によどみなく語る彼が隠蔽しながら話すとしたらこんなに朗々とできるか?
語り口通りに二人の話なのだろう、だが、とメモを取らずとも心に深く刻まれたこの違和感であったが、語りの途中でジーナの口が躓き出し、止まる。考えている。
そうだこの人は誤魔化すといったことが苦手なのだとハイネは重々承知しており、その心を信じてはいた。
そうであるからこそ、無意識に完璧に何かを隠していそうなその語りにまだ触れてはならない闇をハイネは感じるしかなかった。
「あっすまない。こんなオチ無しヤマ無しな昔話をダラダラしてしまってつまらなかっただろうに」
「いいえそんなことありませんよ」
本心から言うも、ジーナは信じなかった。
「と返すのが外向きのハイネで内向きつまりは私に返すのは、あなたも普通の男らしくつまらない自分語りを延々とするのですね、ではないのか?」
「まぁ話の内容は確かにつまりませんけれど、あなたが私に気持ちよさそうに語っているのが楽しいですよ。あなたもそんな風に語れることができるのですね」
そう言うとジーナは恥ずかしそうにしハイネはその表情に貴重なもとだとして目に焼き付けた。
「なんだか今日はやけに話やすい」
「私が聞き上手なおかげですね」
「かもしれない。普段は話の全身を折りにかかって来るのに異様に大人しいな」
「いまのこの時だけ淑女然として聞いていますからご安心を。ふふっ面白いですね。それでジーナは親友のツィロさん達がいる村を出ましたのはどうしてでしょう?」
今この瞬間にだけ生まれた油断と無警戒の間をすり抜け通るハイネの手がジーナの心の奥底の扉にかかり言葉で以って、開かれた。
『俺は後継者になれなかったんだ』