どのくらい脱いでくれるのですか?
ハイネは笑った。やはりこの男はおかしい、と。だがそれでいい。
「もう没落貴族で酷いですがみんなそうですよ。だって、あなた、あの龍の騎士であり将来宰相となるマイラ卿の婚約者でもあり、宰相夫人となることが確定的なシオン様に対して、実力ゆえに呼び捨てに出来る立場があることは世も末だと思いません? いくら時代が時代だからといってこのようなことは、あなただから許されるのですかね」
気持ちよさげに皮肉やら冗談を飛ばすハイネの顔を見てジーナは気づき思った、ハイネはどうしてヘイムの名前をどこか省略するのだろうか、と。
そう思うもハイネがなにか気持ち良さげに話している最中にその名を出すのはどこか憚られた。
ジーナもまたいまのこの空間の雰囲気に心地良さを感じていた。それが何を意味するのかは、知らないまでも。
「そうなんだ。このハイネにもそういう悩みがあるとは想像もできなかったな」
「ガッカリしました?」
「そんなことは思わない。ただハイネもそう言った苦労を背負っているのだなと」
声の響きに慈しみが手の力加減に労りが伝わってくるとハイネはもうそれだけで十分な気持ちなるも、もっと欲しがった。もっともっと欲しい。
「これぐらいなんてまだまだですよ。けど私の場合は大丈夫ですよ。このまま私達の方が中央に返り咲きますので、新旧貴族の一新がありますもの。私の今の地位でしたら実家の領地ぐらいはすぐに取り戻せますが、そこは向うの出方次第ですね。何はともあれ勝って戻れば今までの嫌なことは全部清算できますから私は頑張れるってわけですよ」
「なるほど前向きだ。実家に戻るのもでき新しいなにかにもなれると」
「そういうことで、まぁ結局は二つのうちのどちらかになるわけですが」
欲と心地良さに流されるままのハイネの心はもっと広いところへと流れつき深いところへと落ちて行く。
「二つというのは私の場合は誰かのお嫁さんになるか誰かをお婿さんにするのかを選択出来るというわけです。このまま帰れれば実家と親戚からうるさく言われる立場ではなくなりますし」
自身の心が水の中に潜っている感覚の中で来いとハイネは願う、来てと、来なさい、と。
掌から合図のように強張りが伝わってくるとハイネは口を開いた。
「やっぱりいまいる友達の中の誰かのお嫁さんにでもなりましょうかね。沢山の方から誘われていますし」
一瞬手に強い力が加わるのをハイネは不意打ちでなく望んだ痛みだと感じ快楽の中に落ち、握り返すという返事をするか迷うことにもまた、愉悦を味わっていた。
このまま奪い去られてどこか遠くへ行くのも、とあらぬ妄想の果てを夢見ていると、予期せぬ声が耳を叩いてきた。
「なるほど。あの友達の方々は将来の二種類の候補者でもあるのか」
夢から覚めるようにハイネは瞼を数度瞬いた。その声の響きはなんなのか? あの手の反応とまるで違う、声。いつもの声でありそこには無理矢理感がなく、作り声ではないそのままの声でその言葉。
ありえないそんなことができるはずがない。
超人的な意思力? 違う、これはそういうことではなく別の何かがこの人の中にある、とハイネは今更ながら深いところまで来たことに慌てて水面から顔を出すために、意識的に手を握り返しながらジーナ方を向き伝えた。
「そうでない方もいますけどね。どのみち私は自分が選んだ人としか、結婚しませんから。そういった意味では私は自由ですよ」
「自由すぎる感じもあるかもな」
そのジーナの声にハイネは寂しさを感じまたその瞳には羨望の光りが微かに宿ったのを見たような気がしたが、すぐに消えた。
「では次はジーナの番ですよ。こっちは相当話し過ぎて上着一枚どころか二枚三枚脱いだかもしれませんね。今日は厚着で良かった」
「あのハイネ、ちょっとその表現は人聞きが」
「だからここには私達しかいませんって。私がここまで脱いだのですからジーナは男らしくどのくらい脱いでくれるのですか?」
自分だけに話させるはずがないとハイネの高揚感が手に力が入りその身を近づけさせた。
この人はどこから話すのだろうか? 自分に対していったいどんなことを伝えてくれるのだろう?
想像を膨らませるハイネはもう余計なことを口にせず話すのを待つことにすると、掌に緊張感が伝わり力が入った。
「……いま頭に浮かんで話せるものとしたらツィロという幼馴染のことだけど、それでいいのなら」
「それでいいですよ。誰にも話したことがないものなら」
ハイネはそう言いなおも固いジーナの心をほぐそうとした。
「私にだけ、お話しください」