お互いに上着を一枚脱ぎませんか?
ハイネは尋ねる
「あなたはそう言った話を一切しませんね。自分の手柄話とか故郷の話とか」
「人に対して語るほどに誇るようなものではないからな」
「過ぎた謙虚は嫌味ですよ。それだけでなくて避けている何かがあると私は感じます。だから聞こうとしないのです」
「別に隠している何かがあるわけではなく、ハイネに対して私の話など興味が無いだろうから言わないだけで」
「では私が聞きたいと言ったら、どうです?」
興奮し上がっていたジーナの体温が一気に下がるのをハイネは掌ではっきりと分かり、だから掴んだ。
驚くジーナの視線を受け止めながらハイネは心の底が涼しく心地良い衝動のなかで一つの心を告げることができた。
「お互いに上着を一枚脱ぎませんか? 見ているのは聞いているのは私達だけですから大丈夫ですよ」
そう言うと予想通りにジーナの目が泳ぎ混乱で首が動くのを見てハイネは満足して笑う。
「もちろん今のは比喩ですが良い反応ですね。つまりはこういうことです」
安心しているジーナから顔を横向ける今度は腹の底に冷たいものが湧いてくるのをハイネは感じた。
不快な冷たさがそこにありそうであるからこそかジーナの手の甲の温みが強調され一つになりたいとでも思うくらいであり、息を吸いひとつ息を吐き、上着を脱ぐ。
「あのですね。私もあなたと同じく実家には帰れないのです。だからここの部分は実は一緒なのですよ。もちろん内戦中ですから故郷への道が閉ざされたり一族が分裂して帰るに帰れない人が大多数です。ソグと中央の両方に親戚がある人は必ずそう。シオン様もヘイム様もそうですけれど、私の家の場合は元々バラバラでしてね。父と母の折り合いが悪くて、あっうちは父がお婿さんでしてね家の本来の当主は母でして。母は……あの人は父と私をあまり好いてはなく私が武官学校に行くと言ったら大喜びでした。そのぶん父は寂しがったでしょうが、まぁ将来に家の当主となるのならと仕方なく見送ってくれましたが、その間に父が病気で倒れてそのまま……と、ここまではよくありがちな不幸な話ですが、葬儀を済ませて武官学校に戻り一年後に家に帰ってみるとびっくりで、あの人は新しい男を家にあげていましてね」
心の底が寒さで震えて来るのがハイネには感じられ、それが声に手に出て来るのに怯えた。この人の前で晒けだすのがこんなにも冷たいものであるとは思ってもなく、逃げたい気持ちが先走り左手の力が緩む、するとジーナの右手が捕えにきて握り返されるのを手の感覚で知った。見ずともそこには熱さがあり力があった。
その熱がハイネは中に入って来るのを感じながら口を再び開く。
「あの人はどうもその男との子を跡取りにしようと考えているようで、私はそんな不潔な空間にいることがもう我慢できないしあと色々とあって、結局武官学校の先輩であったシオン様を頼ってソグ王室のお付きにしていただきました。側近として働かせていただいている最中にあの動乱が起こってしまい、いまはこのように……」
気を取り直したハイネは手首を回しジーナの手に指を絡ませた。
「あなたみたいな人に字を教える役に甘んじているわけですよ」
「えらく零落した感じがあるな」