『砂漠は俺達でないと越えられない』
こいつは身体は丈夫で腕っぷしも強く弱音を吐かない。おまけに隣にいて不快さがまるでないのも驚いた。
頭だって悪くはなく話は通じるし東の言葉もどんどんと覚えていっている。砂漠の旅の最中に東の言葉だけで会話をしたが向うについた頃には自分と同じぐらいには上達をしていた。
わしは良いものを拾ったとアルバは満足げに食い終わった焼き菓子の袋を逆さまにして口の中に粉を落しながら感慨に耽る。
その後の二度の砂漠踏破の際もこの頼れる相棒と一緒に成功させ、わしはこうして店を構えられる身分となったのだ。
たいへんに結構なことだと思うと同時にアリバはいつもの疑問が湧いてきた。それにしてもこいつは欲が無さすぎるな、ともう一つの菓子袋を開けながらアリバは思う。
欲はないが社会貢献をしたいというタイプもいるにはいるが、あいつはそういうところもない。そこがまるで商人には向いていないが、それはそれでこちらに都合が良いから問題にはせん。わしには無関係なことだ。
決して語らない過去やこれからの未来といったこいつの人生などわしには興味はない。とはいえ、今日だけは気になっているなと焼き菓子を齧りながらなおも思う。
なにか災厄の前触れか、それとも吉兆か判断しかねているところで眼の前に水が出された。
そういえば喉が渇いたなと受け取ると喉の苦しさをやっと認識したために急いで一気に飲み干し、アリバはいま思いついたように何気なく尋ねた。
「お前は将来的に東に移住したいと以前に聞いたが、それは変わらないのか?」
ジュシは真剣な表情で答える。
「変わりはございません。東の地で生きようと考えております。そのために学び貯蓄に励んでいるのですから」
アリバは変わらぬ問いに満足し話を打ち切った。どうしてだ? 自ら聞かないことになにかひっかかるところがあるも、深くは聞くことはなかった。
その考えは正しく、間違いではなく、早く実行したほうが良い、と信じられた。ただの勘であり理由なんて、ない。
ただ出会った頃の第一印象や雰囲気や名前といったものから、こいつはどこか訳ありなのだなとは分かっている。
この地方となにかあり、逃げないといけない、と。災厄が近づいていると。あの不吉な元の名はそういうことなのだろう。
「ところで特別市があるとは、近々もしかして戦争でも?」
おっと、とジュシが話しかけて来るとは相当自分が無駄な思索に耽り過ぎていたのだなとアリバは頭を振って愚にもつかないものを落した。こいつの人生が一体なんだというのだ? 考える必要なんてないというのに。
「おおそうだ、南の部族間でドンパチの匂いがしているらしいぞ。それとわしらが何度も東から帰ってきたことに刺激されてかあっちに渡りだそうとしている奴らもいるみたいだな。東も東で戦争をしたがっている連中が多いからそいつらに武器を売れば、と算段をつけているだろう」
「あちらの反政府団体のシアフィル解放戦線やら連合でしたっけ? 俺達が西から来たと言ったら仲間扱いされて面倒な目に会いましたね。
西の砂漠が草原の頃はあの地は西シアフィルであり一つであったとか、そんな大昔で聞き覚えのない話をされてもこっちは困るってのに」
「そういう原理主義的な連中だからこそ妥協できずに戦いに訴え出るんだろう。まぁなんだっていいことだ。何よりもだ大事なのは誰が高く沢山を商品を買ってくれるかだ」
「けれど戦争が早く終わったら困るから、できれば両方に売って戦いを長引かせたい」
「こら! そんな意地汚いやり方をしてどうする。そんな商売がお得意先にばれちまったらエライことになるぞ。そんな阿漕な真似はせずにもっとスマートにだな、綺麗に、上手い事バランスを取るのが大事だ。まぁいきなり強烈な武器を売らずにちょっと強いぐらいの武器を売って段階を刻んでだな。ライヴァルの動きもチェックをして」
「そこは大丈夫ですよアリバさん。砂漠を踏破できるのは間違いなく俺達だけです。それは俺達でないと、できません。この絶対的優位性は揺るがないものです」
そうだなとアリバは笑顔になるといつしか馬車は市場に到着をしていた。