空想に空想を重ねて飛躍せよ
「見たこともないでしょう。ということで結論としてはこの話は」
ハイネが返し、ルーゲンが続いた。
「もう一つ空想を重ねても問題はありますまい。偉大なる始祖様は果たして砂漠という障壁を設けたことで満足したとはとても思われません。よって僕がもしも始祖様の側近でありましたら、こう申し上げますね。砂漠の先に一つの精鋭部隊を配置すべきである、と」
「そんな命令を一体どこの誰が従うのだというのだ?」
叱責にも似た声がヘイムの口から出るも、ルーゲンの声に変化はなかった。
「最も忠義心の厚い戦士を、です。彼にその地方を与え、そのような怪物が西に向かうのを防がせる。さすれば例え防衛線が破られたとしても砂漠という障害が傷ついた怪物の行く手を遮り、目的は達せられるでしょう」
「そこまで信じて疑いも抱かぬ人物なんていましたら手元に置きますけどね。そんな遠くに行かせたら心細いしつまらないじゃないですか」
半ば呆れながらルーゲンの空想を聞くシオンは投げ遣りにそう言った。
「手元に置けないとしましたら、とまた空想を重ねましたね」
「いくら重ねても実態が無いのだから好きにするがよい。いつもと違って今日はやけにふわふわした話をするのだな。まっ、西及びに砂漠というのは全く調査も研究が進んでおらぬからそなたのような学究肌のものであっても、そのような空想に耽ってしまうのであろうがな」
もうこの話は打ち切りとでも言うようにヘイムは机の上のものを片付け始めるも、シオンがいつもの思い付きで尋ねた。
「砂漠を今まで踏破した人はいるのでしたっけ?」
ヘイムの片付ける手が止まり耳を傾けだした。その話題となるということは。
「中央の記録ではこちら側から西に渡ったものはいないようです。もっとも帰ってこなかったということですので到達したのも不明という有様で。一方で西から渡って来るものはどうやら近年増え始め……まぁとある商団だけらしく、春先にごく稀にいるとのことです。その季節のほんの一時期のみ無理矢理砂漠を渡れるとか。もちろん自らの足ではなく砂漠の気候に耐えられる馬に似た生き物に幌付きの車を引かせてこちらに。このごく一部の商人が一種の賭けのようにこちらを目指して突っ走るとのことで。あちらの稀少な鉱石や宝石等を莫大な値で売りさばき、こちらの武器や書を購入して西に持ち帰りそこで大儲けをする、何とも逞しい話で」
「ジーナもその仕事をしていたようですね。商人の護衛というか部下として働いていたと言っていましたし。その伝手を頼ってこちらに来たのですから唯一の西からの戦士として……あれ?」
シオンは何かに気付いたように顎に手を付け考え出し、二人はその様子を黙って眺め言葉が出るのを待った。
「そうですよ。バルツ将軍は中夏季に砂漠の戦いの最中に彼と出会ったと前に話してくれましたが、夏季はまず通行不能ではないでしょうか? 春先が唯一なのに中夏季となると救いようがないのでは?」
何故かヘイムが笑い出し疑問を冗談で返した。
「我慢して渡ってきたのではないのか? ほれさっき話で出てきたあれが人間ではなく怪物であったら可能であろうに」
今度はシオンが笑い出した。
「それは良いですね。なるほどあれは人間の皮を被った怪物。それなら全部納得できますよ。だって異常に強いですし変に無欲ですし最前線で戦いたがるしでおかしなことしかありません。だから私はたまにこんなことを思いましてね。ジーナは」
「ジーナは」
ヘイムも口に出し、次の言葉を待つ。
「……」
ルーゲンは何も言わなかった。
「とんでもない重罪人で腰がぬけるほどの悪人の可能性もありますよ。悪事を積み重ねすぎて向うにいられなくなって居場所を求めて砂漠を渡り、我々の方に参戦した。罪を償いために戦う男。まっもしかしたらですけどね」
「まぁあれは、悪党だからな」
「僕は彼はとても優しい人間だとは思いますけどね」
「フフッそうやって猫ならぬ怪物の皮を被っているのかも。まっあんな頭が良くない極悪人はあまりいないと思いますが。とりあえず西というのは意味不明な地ですね。我々に関係があるようでいてなさそうにも見えて」
「けれど僕は思います。彼は我々にとってとても必要な人物だということをね」
「あれだけ強いのですから私もそう思います。さっきのはほとんど冗談だとして、実際のところの疑問は」
シオンは立ち上がるとヘイムも立ち上がりルーゲンも続いた。終わりの合図ということだ。
「彼はどうしてここにやってきたのでしょうね?」