だが私は崩壊などさせない
その口から放たれるあの名前を聞くとハイネには反発心しか起こらなかった。
「あったとしたら、それがなんだと言うのですか」
ハイネは睨み付けた。その二つに対して。
「あなたには関係のない事ですよ」
「……そうだな」
撥ね付けた分だけジーナが遠くに行くのが動いていないのにハイネには分かった。だから手を掴んだ。
しかしジーナが遠くに離れていく感覚に襲われ強く握ろうが引っ張ろうが、彼方へ行こうとしている。
下唇を噛みながらハイネは頭上から降りてくる声にやっと気づいた。
「ちょっとハイネ? なにが何がしたいんだ」
「あなたが会話中なのにどっかに行きそうになるからこうしているのですよ。分かりません?」
ジーナの混乱が手に伝わってきたのをハイネは笑った。自分でも何を言っているのかよく分からない感覚的なことなのにと。
だからハイネは一つ試してみた。
「手紙の件ですけどぉ」
するとジーナがこっちに近づいてくるのが分かった。そうだやはり対峙するしかないのだとハイネは半ば観念する。
今覚えた喜びと悔しさの感情。その間で戦う他ないのだと。自分達はそういうものだと、この人もあの人は意識しないだろうが、私はそう意識する他ないのだと、ハイネは握っていた手を緩め、離す。より戻り近づくために。戦うために。
「内容はですね、まぁ大したことではありませんよ」
いつもの癖で微笑みを向けるがジーナの表情は強張っている。
「大したことでないのにそこまで抵抗したのはいったいなぜ?」
「善悪の話をしたから私ちょっと混乱しちゃっただけですよ。それともジーナは私が何か悪い事とかやましいことをしていると思っちゃったりしていますか?」
また意味不明な問答を持ちかけられジーナは視線を斜め上にあげほんの少し考えてから答えた。
「私に対しては、よく分からぬことを言ってきて困らせて来るのが悪いと言えば悪いかと」
「もうイヤですねジーナったら。男女の会話はたまに意思疎通が通らなくなるなんて普通ですって。だって男女ですよ、違いますよね? 別に困らせているわけでもなく悪い事でもありません。それとも私は不快で傍にいない方が良いのですか?」
こう言えば必ずジーナの返事は決まっている、だからこそこう上目遣いで聞くと答えは起こったような声で帰ってきた。
「そんなことない。だったら前線になど呼ぶはずがない」
その本気の声にハイネは自尊心が回復し自信を深める。
「そうですよジーナ。あなたが呼んだから私は来たのですよ」
不安のため手紙の話をする前にこうやってくどいくらい強調させることにしたハイネはとりあえず安心した。
準備は整ったのでそろそろと乱れっぱなしの呼吸を落ち着かせるため咳をする。
「ウフッ、オホン、ウフッ、オホン」
「ハイネ? あの、手紙の話はどこに?」
「オホンッ。あーいま調子を出しているのですから慌てないでください。いやいやそんなに大事ではないのでご心配なく。エホンッ。ええっとジーナは中央の字を覚えたいとか思ったりしたことありますか?」
また意味不明な質問が来たなと思いつつジーナは真っ直ぐに答えた。今回はどんなめんぐさい罠なのだろうか。
「一度も思ったことはないが、手紙だと覚えろと書いているのか? けどなあ」
「いいえ。書けた方が絶対にいいですよ。今までどこかで不便なことがあったはずですって。特にあなたは読めるけど書けない人ですから、歯がゆいと思ったことが多々あるはず。それでシオン様からの要請はこうです。情報分析のために前線のリアルな様子を伝えて欲しい、と。けれどもこちらは西の字は分からないために中央の字で頼む、などなど」
こうハイネは手紙の内容を誤魔化すというよりかは意図的に部分的に伏せながらジーナの表情が変化するのを、ワクワクしながら手紙の隙間から眺めていた。そうだ不都合な内容であったら都合よく変えればいい。