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その崩壊の兆し

 隙あらば自分は使命のためにここに来たことをアピールし、あのことを強調するのである。忘れさせないために、その胸の内にあるであろう、魂に刻み付けるために。爪先で彫ればより確実であろうに。


「ジーナが私を前線に来て欲しいと望んだのも、私のこの腕を見込んでのことですよね?」


「……まぁそうなるかな」


 ほんとうはそうではない、とハイネはその自信なさげな返事を聞くたびにその思いを深める、そうでないのなら別の思惑が、違う心がある。


 そしてそれは! と推理を繋げて深めるとハイネの心は温かいなにかで満たされていく。自分の心の形がどんなものであり、またどれほど渇いていたことを知る。


「誘ったのは私ですけどここは前線ですからやはり危険ですって。いつ敵が来るか分からないし」


「危険を承知ですよ。けどここにはジーナがいますからむしろ安全ではないでしょうか?」


「私を過信し過ぎですって」


「それならあなたは心配し過ぎですってフフッ」


 そう、そうやって私のことを心配し考えればいい。その為にも私はここにいるのですから。


 こうして毎日のように顔を見せ話をして観察をするにジーナは以前ほどには悩み苦しむことはなくなっているように見える。


 それもそうですこんな前線に来て顔も見ず声も聞かない相手をのことを思い悩むなんて愚の骨頂。無駄にも程がある。


 忙しさの中で感傷に浸る時間も少なくなるし、その隙間の時間には私がこうして入って収まるわけである。


 たまに恐ろしく残酷になるけれど、基本的に優しいのだからジーナはこんな最前線にいる私に対してなにかと気を配り構ってくれる。


 そうであるからここに私がいるわけで、ジーナは心配すればするほど私が後方に退くと考えているのは勘違いも甚だしく愉快だ。あなたの望みや願いの逆を行ってあげますからね。


 だいたい私に前線に来てと言ったのはあなただし、だから私はここにいるし、よって気を配るのは当然のことという三段論法によってハイネは元々あまりない心理的な呵責からも逃れることができた。


 このままいけば何もかもが解決する。するはずであると。誰だってそうだし、この私だってそうだし、男だってそのはず。


 そうであるのならジーナの心の痛みを消え去るのはやはりこの方法が一番だと。人は時間と環境で心が変わると。遠い人とは疎遠になる、この単純かつ絶対的な真実、誰も勝てません。


 良い調子です、とハイネはジーナの前線の話を聞きながら幸福感に浸る。とても良い調子です。この調子で、行きましょう。


「ジーナ」


 思わず声が出て呼び掛ける。


「なにか?」


「いえっなんでもありません」


 一人で笑い出すとジーナは首を傾けている。こんなに浮かれてしまって何ですかね私は、とハイネは顔を背けて窓からその青空を見る。


 順調そのものといったこと示すかのようなこの天の青の流れ。このままずっとこれが続けばいいのに、とハイネは死んでしまいたいような気持にさえなったが、すぐに生き返る。


「あっシオンからの手紙を届いていたのか。けどこれはハイネ宛だ、しかも私信?」


 はじめに来たのはなにか嫌な感じ。ねっとりとしたなにか。それから頭に暗雲が立ち込める。漂うは不吉な予感そのもの。


 バレた? いいえそんなことはない。そもそも私は悪い事なんてしていない。しているはずがない。これは正しいことだ。


 不正は一切なにもしていない、むしろしているのは、そっちでしょうが。あなたが悪いのですよあなたが。人のせいにしないでください。私は正しているのですからね。


 ハイネは動揺する心を抑えるために言葉を尽して自らを奮い立たせた。私は間違っていないと。


「どうしたハイネ?いきなり立ち上がって構えて。なにか悪い事でもしたのか」


 心臓を叩かれたような衝撃が来て反射的にハイネは逆上しジーナを攻撃する。


「何を言うのです? 悪いことをしているのは、ジーナたちの方でしょ?」


「……そうだな」


 ジーナの表情に暗いものがかかるとハイネは自分の咄嗟の言葉に後悔を覚えた。


 なんでこんな言葉を? よりによってこのタイミングで?


「違う! あなたは悪くない」


 支離滅裂な言葉の投げ合いをしながら怒りを込めてハイネは手紙の封を切った。


 糾弾であろうか? 召還であろうか? どちらにせよ応じないつもりでいた。自分に関してもジーナに関しても。


 私達はそちらには戻らない。もしもそれを望むのであれば、とハイネはひとつの決心をもって手紙を読みはじめる。


 挑むような顔つきは次第に弱々しい困惑へと変わっていき口は堅く閉ざされていった。


「何が書いてあるんだ?」


 ジーナが尋ねるも唸り曖昧な声と言葉しか出さなかった。何かを考えている、その何かとは?


「その手紙を私にも見せてくれないか」


「いっ嫌です」


 拒絶と共にハイネは手紙を自らの胸へと押し付けるとジーナは椅子から立ち上がり迫る。


 ハイネを見おろすジーナの眼は、あの日以来久々に見るあの憂いに満ちた目であった。


「ヘイム様と関係があるんだな」

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