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幸せな日常

「冬だというのに前線では快晴が続いております。これも龍のお導きの賜物かと思う次第でございます……」


 とハイネは筆を紙上に上手く滑らせる心地良さを感じながら報告書を書いていた。


 実際にハイネの心の模様はこの空のように澄み切った透明さであった。


 それがたとえ絶えず緊張感の中にいても、膨大な仕事量を抱えても、洗濯やらが不自由であっても、その心は龍の館で高等女官・龍の最側近という特別な役目に就いていた頃と比べても心の満足度は高く維持されていた。


「ハイネ、これを」


 執務室にジーナはいつもの時間に差し入れと前線からの報告書を携えてやってきた。


 これだ、とハイネは素っ気ない返事をしながら噛みしめる。これがあるからこそ耐えられる。


 ここはソグ山の麓を降りたその先にあるシアフィル草原の入り口付近にある砦の中。通称草原の砦。


 ソグ山砦の攻略戦のあとにも関わらず草原の砦の警戒態勢は脆弱であり制圧戦はまたもや短期戦にて達成した。だがハイネとジーナの間でそのことで揉める一幕もあった。


「どうやら今回も一番手だったみたいですね」


「偶然そうなっただけでなりたかったわけではない」


 そこでまた口論となり結局ジーナは己の非を認めなかったが、毎日こうしてある意味でお詫びの印であるなにかを持ってくる。


 そう、その態度こそが望んでいたものとハイネは喜びを表には出さずにつまらなそうに籠をとり中身をあらためる。


 ジーナは相変わらずチェックが厳しいなと苦々しい気持ちでその様子を眺めているが、ハイネはその果実やら焼き菓子やらを見て心を満たしていく。


 珍しいものがあったときにはその苦労を想像し胸をときめかす。それを食べるときよりもずっと胸をいっぱいにする。


 それだけでもういい。満たされきる。


「こんなにいただいてありがとうございます。ではお茶を入れて報告がてらに一緒にいただきましょう」


 いつもの要請を受けいつものようにジーナは動きいつもと同じことを考える。いただくと言ってもハイネはそんなに食べないよな。


 そうなるとこれっていわば自分で調達し買って自分で食べるというごく普通の行動であり、お詫びにも何にもなっていないのでは? と疑問に思うも、絵にかいたような愚直なジーナはそれに手を抜くという発想は湧いては来なかった。だから助かった。


「それにしても前線には仕事ばかりがあるだけですねぇ」


 ハイネが茶を淹れながら呟く。


「娯楽なんかどこにもありませんし中々に辛い環境ですよね。あーあ後方勤務に戻りたし、といったところですよ」


 嘘である。ハイネにとってここは、草原の砦は娯楽でしかなかった。


 しかもその娯楽とは、龍の名代としてのここにおいては文官最上位の務めをしていることでもなく、一室をあてがわれる自由を享受しているのでもなく、夕食会における将軍や僧たちとの交流や権限などではなく、いまここにおけるこのひとときが、何にも代えがたい娯楽そのものであった。


「ハイネはそう感じるかもしれないが、私はこうして仕事の合間に茶を飲むのが唯一の娯楽だという文化に中にいたから、その退屈さは分からないな」


「フフッそうでしょうね。いかにも素朴で、とてもあなたらしいですよ」


 その言葉に大いに共感したハイネは茶を飲み籠をジーナの方に薦めた。


「どうぞ。私はもう十分いただいて胸が一杯なので大丈夫ですよ」


 一つ食べただけなのに十分とは、やはり気に入らないのかな? とジーナは勘違いしたまま食べ始めた。


「娯楽というのならソグ砦に後退してもいいかもしれないな。最近あちらも修復工事が完了して人の移動もはじまったみたいだし」


「いいえ、その必要はございません。私は役目通りに前線にいますよ。さっきのはほんの冗談ですよ、なにも私は遊ぶためにここにいるわけではないのですから」


 またいつもの嘘である。

 

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