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『いいか僕はジーナだ』

 指先に力が入っていることが伝わって来る。――は一言その名を呼べば何もかもが解決するのは分かっている。


 それは返事次第では、自分の生も、他者の生も、世界の生も変わることを意味しているというのに、変わって貰いたいという願いであり――は意識が揺れることを感じたものの、踏み止まった。


「継承者筆頭だったものに印が現れないというのは、呪いなんだ。始祖の意思が動いているんだ」


「それは迷信だよ。僕は呪いだなんて思ってはいない」


「先例があることは知っているだろ」


「そんなものは僕たちが」


 娘の指が横に動き――の手を掴んだ。


「迷信だったと証明すればいい。出来るはずだよだって僕たちはあの兄弟たちとは違う。本当の兄妹みたいに共に生きて来て、将来を誓った仲じゃないか。だから、だから」


 手の甲に熱いものが落ちて来て、痛みを覚える。


 自分のとそれから彼女の、異なる温度の二つの想いが形となって零れ互いの手に降り注ぐ。


 分かったと言えば、はいと言えれば、ここの手を握り返せれば、形を変えた明日が来る。歪んだ形となる未来が待っている。


 だが――はやはり握り返すことはできなかった。その幸せの予感を掴むことを拒否する。


「俺はもうお前のその想いを受け止めるに値しない男だ」


 掴んでいる手が小さく震えた。


「呪いは始まっている。現に俺はお前を祝福もできず、印を正視することもできず、その名を呼ぶことができない。俺はその名をまだ欲しているというわけだ。それはつまりお前の死を願っていることとなる。現に俺はいまその心を否定できない」


 震えは波のように起き伝わって来る。握り返せば止められる、だが――はもう覚悟を決めていた。


「お前と共にいることは出来ない。これは俺の意思であると同時に始祖の意思でもある。印を与えなかったのは、そういうことだ。継承できなかった以上俺は呪われた身となり、その運命を受け入れるしかない。お前が継承者である運命を受け入れるということと、これは表裏一体だ。俺たちはそういう関係になるしかない」


 震えているのに力は弱まらず――は左手でその右手を包んだ。


「手を離してくれ。もう繋ぐことはできない。だから――決断を。これが継承したお前の最初の仕事だ。そのために俺はここに来た」


 力が、弱まり離れるのが分かった。そして気が付くと陽の光りは弱まり互いの姿を確認することができた。


 二人は久しぶりに顔を合わせたような感覚に襲われたが、――の眼の前には知らない女がいた。


 もはや少女としての面影の無い表情がそこに、自分とは無関係な女がそこに、遠く隔たった存在がそこに、何よりもそこには、敵がいた。


「では僕たちの最初で最後の仕事しよう」


 さっきまでの哀しみの響きを伴った声は消え、今まで聞いたことのない低く重い声が放たれ――はその眼に射抜かれる。


 同じ緑色の瞳ではなく、その純粋なる金色の光りに、後継者が持つ印による奇跡の力が、龍を討つ力がそこにあった。


「いいか僕はジーナだ。もう――はいないんだよ。よって僕の口から出る言葉はジーナによるものだ、これからお前に命ずる言葉はジーナによる宣告だ。印を持つものの名を呼ぶことを拒絶する呪われた身となった――よ。呪身よ。お前はこの山にいることは一刻も許されず、また二度と戻ることを許されない。ここに戻ってくるということは僕とこの名を争い戦うためにものだと判断する。いわば僕とお前は今から疑いもなく敵だ。次に会うときは敵としてだ。呪身よこれより命ずる。このまま山を降り、永遠にここに戻るな、行け、立ち去れ」


 操られるように――は振り返り足が動き出す。そこまでは金色の力によって途中からは自分の力によって――は山道を下りだす。


 それでいい、と――は背中に感じる視線を感じながらそう思った。その見送りでいい、と一度も振り返らずに行く。


 日が沈みあたりに陰が覆っていく中で――は目を閉じた。光が失われたように、そして世界が閉ざされたように、眠るように、――の時は止まり世界は止まり、陽は二度と昇らなかった。


 ただ瞼の裏には永遠に焼き付いたかのような茜色の夕陽のみを残して。

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