あなたは龍となる
ジーナが扉を開けるとそこは見慣れた龍の間の光景が広がる。
この時間の部屋に入る陽の角度による光の加減に空気それと少し位置を変えている調度品。全てを知っているはずなのに正面に座っているものだけが違った。
龍身がそこにいた。
身体全体を正面に向けている。ジーナは思い出す、これはあの日の出会った最初の日と同じであると。
これはあの日以来自分とヘイムが避け続けてきたものであると。ジーナの胸が黒い感情に湧き立つ。あの日覚えた心の衝動のまま部屋の中心へ、龍身へ向かう。
湧き上がる憎悪としかいえない高鳴りを胸にしそこへ近づいて行く。龍身は不動の姿勢のままジーナを待ち見続け、見上げた。
右のヘイムの顔に左の龍身の顔。以前のあの時はジーナは顔を見ることをすぐに避けたがこの時は目を背けなかった。
龍身も黙ったままでありジーナも口を開けなかった。聞こえているのは胸の不規則な鼓動、リズムの異なるふたつの音。決して重ならない音であるのに同じ音にしか聞こえない、その二つのもの。
ズレにより痛みを伴いながらジーナは聞いている。これはいったいなにであるのか?
鼓動は収まらず響いている中でジーナは思う、この音はヘイムに聞こえているのではないか? 私の憎しみの音ともう一つの重ならない癖に離れない意味不明な音を。
この人は私の心を知っているというのに、何故こうも黙って見ていられるのか? 音が大きく聞こえだすなかで予定通りかジーナの両手が動きだす。
左手がヘイムに向かい右手が龍身へと。首を目指してゆっくりと迫って来るというのにヘイムは眉ひとつ動かさずにジーナを見つめたまま、語りもしない。
両手は髪に触れその揺れる音すら聞こえるほどの静けさの中、ジーナの胸に激痛が走り手が止まる。
今度はさっきまでとは異なる音が聞こえてきた。それはあの二つの音がぶつかり合っているかのような音であり、怒りと憎しみと何故か悲しみさえ感じられ、混乱した意識の中でジーナは自分の目からなにかが落ちたことに気づき、それがヘイムの頬に落ちたのを見た。
ただ、涙が落ちた。それが何の意味であるのか分からぬままもう一つ零れまたヘイムの目の下に落ちる。
それでもヘイムは無反応のままであり涙さえも受け入れているように見え、男は左手だけヘイムの首ではなく顎と頬に手を添え、聞いた。
「こんなに変わってしまって……」
ヘイムは言葉で答える代わりか三度瞬きをした。
「あなたは龍となるのですね」
「そうだ」
分かり切っている問いにヘイムの正面から答えジーナは息が詰まる。
違う言葉を聞きたいとでもいうのか?
自分はどんな言葉を望んでいるのか分からないまま男はまた聞いた。
「何故なるのですか」
「龍命であるからだ」
愚問であるというのにヘイムは確信を込め答える。それが揺るぎない事実であることを、確実であるということを示す為に。真実のみを告げるように。
「妾は中央へ行き龍となるのだ」
言葉で以って胸を貫かれ苦痛によってまた涙が溢れこぼれ落ちヘイムの顔をまた濡らした。
「そうであるのだから。そんなことは分かっていたから」
手は首の後ろへ回りそれからジーナは跪き引き寄せる。
「私は会いたくなかったのかもしれない。そうすればこんな感情など生まれずに」
「純粋なままでいられたとでも言うのか? 妾はな」
女は言った。
「会いたかったぞ。さすればこのような感情が芽生えたからな」
「私が」
と男は低い声をあげた。
「これほどまでに苦しんでいるのに、あなたはそのようなことを言うのか」